振り返ると、渋谷店は40年以上も前から、渋谷の若者文化を支えてきた。現在は、西武百貨店やマルイ系の商業施設をはじめ、大小の商業施設が軒を連ねる活気ある大通りに面する同店だが、1973年の開店前はさびれた通りだったという。渋谷駅から0.5キロメートルと少し距離があったため、人が流れてこず、渋谷区役所へ行くための道として、「区役所通り」とも呼ばれていた。
その寂しい通りを一変させたのが、渋谷パルコだった。道にロンドン風の赤い電話ボックスを置き、原宿から店の前まで馬車を走らせ、前衛的な劇を上演する「パルコ劇場」(旧西武劇場)を設けたことで、文化的感度の高い若者たちを呼び寄せた。1980年代にDC(デザイナーズ・アンド・キャラクターズ)ブランドと呼ばれた、デザイン性の高い洋服が一大ブームを巻き起こしたときには、ここで買った洋服を着て渋谷を闊歩することが、最も粋なこと。”パルコ文化”という言葉すら生まれた。同店が面する通りの名前も、区役所通りからイタリア語で公園を意味するパルコに由来する「公園通り」に変わった。
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