問題は、多様な声を糾合し、草の根と政権、イギリスと欧州・世界とをつないできた2大政党にある。
右傾化する保守党、危機に陥った労働党
もともと親欧の政党であった保守党は、サッチャー政権末期から欧州政策で対立しはじめ、その後21世紀に入ってイギリス独立党に引きずられるように右傾化し、反EU色を強めた。
今回の国民投票では、保守党は、支持者間、指導者間、支持者と指導者の間に深い亀裂をあらわにした(概数で支持者は6対4で離脱を選んだのに対し、議会の保守党は2対1で残留志向)。
のみならず、国民投票の過程では、とくに保守党離脱派(とイギリス独立党)指導者のあいだで、デマや虚偽すれすれの言説がはびこった。EUへの純拠出金を(週3.5億ポンド=約450億円も持ち出していると)過大に見積もっただけでなく、「脱退時にはそのお金を国民の医療サービス事業(NHS)に回せる」と吹聴したあげく、投票後は舌の根も乾かぬうちに、そうした主張と距離を置くというのは一例に過ぎない。「トルコの加盟が間近で、残留の暁にはもっと多くの移民が押し寄せる」というデマも、繰り返し語られた。
政治には、多様な声を束ねる機能がある。あちらを立てればこちらが立たずということは多々あり、平和や正義など上位の理念で括ったり、最大多数の最大幸福の合理性を説いて説得したり、だめなら保障や補填を試みたりすることで、異質な他者との間に秩序を保とうとする。しかし、デマや虚偽で民衆をあらぬ方向に引っ張るというのは、短期的な政治的利益を上げることはできても、中長期には政治が拠って立つ基盤を壊しかねない。
保守党の離脱派は、イギリス独立党に引きずられて政治を劣化させた挙句、イギリスの民主政に深い爪痕を残した。国民投票後、フィナンシャル・タイムズ紙にコメントを寄せたある読者は、それを「脱事実民主政(post-factual democracy)」と名付け、話題を呼んだ。イギリスのみならず、アメリカのトランプ現象などにも通じる傾向である。
なぜ労働党が「より深い危機」にあると言えるのか
一方、労働党の支持基盤では離脱志向が強まり、深い亀裂が残ったままである。例外はロンドン、マンチェスター、リヴァプールなどの大都市であり、そこには典型的にガーディアン紙を読む進歩的・国際的なリベラルが住んでいる。
他の多くは、下層から中流の労働者が集まる町におり、雇用を脅かすとして移民を警戒し、EUへの親近感は持ち合わせておらず、おおむねグローバル化の負け組に位置する。
今回の国民投票で残留を呼びかけた労働党の現有議席ごとにシミュレーションすると、150選挙区が離脱に入れ、残留に入れたのは82に過ぎなかった。おおよそ、65%対35%である。言い換えれば、議席保有区の約3分の2で党の方針と異なる投票がなされたことになる。亀裂は、上記の国際的・進歩的リベラルと中流以下の労働者とのあいだに走っている。
つまり、これらの150の労働党の選挙区は、次期総選挙でEU懐疑主義的な保守党や反EUのイギリス独立党が議席奪取を狙う草刈り場となるのである。国民投票後、いかに労働党が実存的な危機を迎えているか、見て取れるだろう。
この背景にあるのは、前回でも触れたグローバル化とEU統合の一体化(イメージ)に対して疎外感を強める中間層・労働者の姿である。彼らは、他の多くの先進国の例と同様、実質賃金が伸びず、雇用が不安定化するなかで、首都中心部との格差を感じ、グローバル化とそれに連なる政治エリートに対して反感を覚えている。
それらすべてをつなぐ最重要な要因が移民であり、その移民を可能にするEUとそれを支持する政治家もまた、排すべき対象となる。EUは、もはや彼らにとって労働者を守らないグローバル化の別働組織でしかない。このイメージは、イギリス独立党の支持者たちのEU観と大差はない。
この中間層・労働者が右(や一部左)に流れ、穏健中道が沈没するとき、EUの基盤である自由民主主義自体が劣化する。根っこにあるのは、その層を無策のままエンパワー(支援)できないでいることなのである。
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