ベートーヴェンの交響曲は、CDからデジタルオーディオプレーヤーへ移行するメディア革命のときにも登場した。2006年、当時CEOだったアップルのスティーブ・ジョブズはiPodの新製品を発表する席で、「ギャップレス再生」という新機能を紹介。その際のデモで用いたのが、ベートーヴェンの交響曲5番「運命」の3楽章と4楽章の接続部分だ。
3楽章と4楽章は切れ目なく連続して演奏されるため、そのとおりに再生できなければ興ざめしてしまう。しかし、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤーで再生すると、トラックの切れ目でブツリと切れるのが当たり前だった。これを解消するギャップレス再生は画期的なものであり、ジョブズがデモをすると同時に、会場から大きな拍手が沸き起こった。
この機能のおかげで、多くのクラシック音楽ファンは、安心してデジタルオーディオプレーヤーを使えるようになった。
オケの献身的な協力あってこそ
クラシック音楽の基本は、コンサートホールで視聴すること。それは今も変わらないが、メディアの発達により、ホール以外の場所でも、質の高い音響で聴けるようになった。
レコーディングを行う際には、オーケストラの団員の協力が不可欠である。スタジオ録音をする場合には、いくつかの演奏を組み合わせることで1つの曲を構成するようなこともある。演奏ミスがあった場合には、後から音を差し替えるケースもある。演奏者からすれば、こんな面倒なことはない。また芸術という観点からは、邪道にも感じられる作業だ。
しかし、こうした面倒なことに積極的に協力して、レコードならではの録音を進化させていったのが、カラヤン率いるベルリン・フィルだった。
第2次世界大戦後、ベルリン・フィルがフルトベングラーの後任の常任指揮者を選ぶ際、最右翼だったのはセルジュ・チェリビダッケだったことはよく知られている。ところが、チェリビダッケがベテランのオケメンバーに対し、演奏上の厳しい注文をすることから多くのメンバーが反発。カラヤンが常任指揮者の座を射止めることになった。
チェリビダッケは録音が大嫌いで、生前は一切のレコード販売を許さなかった。テンポについてはホールの響きに応じて柔軟に変更するなど、ライブを最優先する指揮者である。仮に彼がベルリン・フィルの常任指揮者として君臨していれば、ベートーヴェンの意図を歪めるような第九の1枚ものLPなど生まれたはずもない。
ハイテク好きで、マーケティングの才覚もあったカラヤンがいたからこそ、ベルリン・フィルは数多くのレコードを収録。そのレコードのおかげで、日本を含む多くの国で世界最高峰のオーケストラとして愛されるようになった。
玄人筋からは、スタジオでの録音や撮影を優先して活動してきたカラヤンは、あまり人気が高くない。チェリビダッケのようなライブを最優先する指揮者こそが本物だという論評もある。しかし、カラヤンのような新しいメディアを貪欲に取り込むスターがいなければ、クラシック音楽のファン層は大幅に縮小していた可能性が高い。クラシック音楽をポピュラーなものとして世界中に広めたのは、明らかにカラヤンの功績だ。これを否定するクラシックファンはいないだろう。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら