予言が自己実現する
価格予測が現実の価格に影響を与えるというのは、「犬の尻尾が犬を振り回すように奇妙な話だ」と考えられるかもしれない。しかし、これは決して奇妙ではない。
何らかの理由で、地価が将来上昇すると考えられるなら、人々は値上がり益を狙って土地を買う。その結果、土地に対する需要が増え、実際に地価が上昇してしまう。つまり、予測が自己実現するわけだ。
これに対して、「地価には、『将来の土地収益の割引現在値』という客観的な値がある」との反論があるかもしれない。しかし、将来の土地収益とは予測なのであり、現時点で客観的に分かることではないのだ。
あるいは、つぎのような反論があるだろう。予想で地価が上がるのなら、どこまでも際限なく上がり、住宅地がサラリーマンの所得で買えないものになってしまう。所得は経済の実態的な要因で決まる値だから、それが地価の上限だ。
しかし、土地の値上がり益があれば、それでローンを返済できる。実際、05年頃のアメリカで、値上がり益を先取りしたローンが現れた。だから、右の意味での上限はない。
予測の違いで現在価格が決まる。そして、どの予測が正しいかは、現時点では分からない。だから、どの価格が正しいか、今は分からない。後にならないと分からないのだ。
これは、フロー価格の場合にはないことで、ストック価格の特徴だ。パラレルワールドのように、いくつもの価格がありうる。「経済の実体的要因(ファンダメンタルズ)によって決まる唯一の客観的に正しい価格」といったものはないのだ。
為替レートも、円資産、ドル資産というストックの価格なので、このことが当てはまる。しかも、土地よりも市場が整備されているので、取引がしやすく、予測の変化で価格が変動しやすい。
右の理由によって、どれが「正しい」為替レートかは分からない。少なくとも、誰もが認めるような形で特定することはできない。過去のある時点のレートが何らかの理由で「正しい」と判断されるなら、前述の式にしたがって、現在の為替レートは計算できる。しかしそれは、「出発点のレートが正しければ」という仮定の上にたったものにすぎない。
バブルか否かの判定も、進行中は難しい。このため、「今度は過去とは違う」という主張がなされる。
だが、どんな予測でも実現するわけではない。1980年代末の株価バブルの中で野村証券は、「日本の株価が高すぎるという考えは古い。コペルニクス的な発想の転換が必要だ」という2ページ広告を世界の大新聞に出した。しかし、そうはならず、現在の株価は当時の4分の1以下だ。ロゴフとラインハートは、「『今度こそ違う』という主張は、ことごとく裏切られた」と、述べている。
(週刊東洋経済 2012年12月29日-1月5日 新春合併特大号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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