金利差がなくても円安になりうる
ところで、為替レートに影響を与えるのは、金利差だけではない。将来の為替レートに関する予測が重要な影響を与えるのである。
簡単化のため、日米2国だけで考えよう。アメリカの金利が高いからといって、資金をドル建てで運用するのが有利とは限らない。なぜなら、将来円高になれば、為替差損を被って金利差が帳消しになるからだ。金利差と円価値の変化率が等しいときに、ドルと円のどちらで運用しても同じになる。FX取引をしている人は、これが外貨投資の基本法則であることをよく知っている。つまり、日米金利差=円価値の上昇率となることが、均衡のために(正確にいうと、裁定取引が生じないために)必要だ。この式を無視して為替レートを論じていたとしたら、その議論はまやかしである。なお、この式は、「金利平価式」と呼ばれる。
ところで、この式にある「上昇率」は、将来の為替レートによって決まる値なので、現時点では予想としてしか分からない(「予想」のことを、統計学や経済学では「期待」と呼ぶ)。現実の為替レートが予想通りに動くなら、この式は、過去のデータについても成立するはずだ。
この式から、次のことが分かる。第一に、アメリカの金利が日本の金利より高い限り、継続的な円高が続くはずである。第二に、予想が変化しただけで、為替レートは変化する。たとえば、左辺の日米金利差には変化がないが、何らかの理由で将来円安になるとの予想が支配的になったとしよう。すると、右辺がマイナスになる。仮に予想の変化が十分に大きければ、左辺の方が大きくなる。だから、円からドルへの転換が起きる。そして、実際に円安になる。つまり予測が自己実現するわけだ。
これは、実際に起こったことである。03年から04年にかけて大規模な介入が行われたため、「日本政府は円高を許容しない」との見方が広まった。したがって、為替増価率期待が金利差より小さくなった。これは、円をドルに転換して運用する「円キャリー」取引が有利になったことを意味する。
総選挙前からの円安も、期待の変化で生じた可能性がある。ただし、それが総選挙後の金融緩和策の期待なのか、海外要因変化の期待なのかは、はっきり同定できない。
円安が進めば、予想が変化し、それがさらに円安を加速させる危険がある。資本逃避が起これば、日本人の生活は破壊される。それを未然に防止し、安心して円で資産運用できる経済環境を維持することは、現在の経済運営でもっとも重要なことだ。
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