「ほぼ日」はブータンを目指す 楠木建が糸井重里に聞く(下)

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篠田:読者は、30代の方が多く、中でも少しだけ女性が多いかな、という印象です。商品を買ってくださるのは7割が女性ですね。糸井さんの作るものが好きというより、ほぼ日の商品が好き、という方です。

楠木:これだけ読者が大勢いると、ほかのBtoB企業が、いろいろな形で絡ませてくれと提案してくると思うんです。そうした案件はどうしていますか。

糸井:お会いするようにはしています。ただ、ほぼ日には「約束3原則」というのがありまして、それを基に動くようにしています。(1)できるだけ約束をする、(2)できる約束だけをして、守る、(3)守れなかったら全力で謝る、です。これにおまけとして、「頼まれたことは、こちらからお願いしてでもしたいことかどうか、1日置いて考える」がつきます。ですから、企業からのお誘いも、こちらがお願いしてでもぜひやりたいことかどうか、よく考えて返事をします。

「ほぼ日」はブータンを目指す

楠木:会社のマネジメントもユニークですね。

篠田:部署や階層がなく、仕事は全部プロジェクト単位です。そして社員は複数のプロジェクトを掛け持ちします。各プロジェクトは、最初から会社が用意したものではなく、自律的に「これがやりたい」と手を挙げて、やります。

篠田真貴子(しのだ・まきこ)
糸井重里事務所取締役CFO
慶大卒、米ジョンズ・ホプキンス大修士、ペンシルべニア大ウォートン校MBA。マッキンゼーなどを経て2008年より現職。

糸井:決め事になると何でも楽なんですよね。しかし、楽をすると頭が休んでしまう。頭が休むとアイデアは生まれません。さらに、アイデアがないと周りを巻き込めないから、やる仕事がなくなります。

楠木:社長としての方針は社員にどう伝えていますか。

糸井:週に1回1時間ほど、「こういうことを考えているから知っておいてほしい」ということを話します。

楠木:そこでは社員の皆さんも発言するのですか。

糸井:それはしません。彼らが僕と話をする機会はしょっちゅうあるので。その場で意見を言えというリーダーもいますよね。でも、そういうのは得意じゃないんです。すべてをわかっていない状態で、今聞いた話に反応できるほうがおかしいと思っているので。

楠木:ほぼ日という企業なり会社の特徴を一言で言うとすれば、「enkel(エンケル)」という言葉が思い当ります。建築家の中村好文さんの本を読んで知ったのですが、これはスウェーデン語で「シンプル」とか「プレーン」という意味の言葉です。ほかにも、「有用な」「正直な」「誠実な」といった意味を包含していて、「とてもよい意味で使われる言葉」だそうです。ほぼ日がやろうとしていることは、まさにエンケルじゃないかと思いました。

いま日本では「サムスンに負けるな!」といったたぐいの議論が盛んですが、それは限りなく規模を追求するやり方。でも、規模の拡大だけでやっていける時代ではない。日本のような成熟国だと、売上高5兆円の会社が1社あるより、50億円の売り上げですごく内容のいい会社が1000あるほうがずっといいと思うんです。ほぼ日がやってきたこと、これからやろうとしていることは、これからの日本発のビジネスや経営モデルを示唆していると思います。

糸井:僕の理想は、国でいえばブータンのような会社なんです。小さくても、国民総幸福量という独自のコンセプトを打ち出して、存在感を示している。ほぼ日も同じで、売り上げや成長率はちっぽけでも、多くの人にいい影響を与えることができたら、と考えているんです。

(週刊東洋経済 2012年9月22日)

(撮影:吉野 純治)

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