「米政府の意向で円高が止まらない」は真実か 為替相場を説明する前提として適当ではない

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G20声明文を素直に読めば、急激な相場変動があれば日本による為替介入も容認されることになる。そして声明文では「全ての政策手段‐金融、財政及び構造政策‐を個別にまた総合的に用いる」とされており、当然だが、自国のマクロ安定化政策ツールである金融政策は自由に徹底することは合意されている。

そもそも為替介入に踏み出さなくても、円高阻止のために、日本銀行が金融緩和を強化することで対応可能である。金融緩和政策は限界に達しているなどと言われるが、筆者にとっては、その根拠は理解不能である。日本銀行は金融緩和のツールを3つ備えているが、それらを行使することで金融緩和を強化するのが、円高阻止の自然な政策対応になろう。

そして、2015年後半以降の成長率停滞やインフレ率低下を踏まえれば、1ドル110円割れの為替レートが定着すれば、インフレ目標実現を更に先延ばしさせることは必至で、日本銀行は到底容認できない水準とみる。事実、黒田総裁は、G20会合の後の18日付のWSJ紙のインタビュー記事で、為替レートはターゲットではないとしながら、「仮に過度の円高が続くと、実際にインフレ率だけでなく、企業マインドへの影響や企業活動、インフレ期待などを通じてインフレの基調にも影響する」と述べた。110円前後まで円高が進んでいる中で、日本銀行は4月末の金融政策決定会合で緩和手段を総動員し、金融緩和強化に踏み出すと筆者は予想している。

米国の当局者や経済学者の真剣なアドバイス

またG20では財政政策については、「経済成長、雇用創出及び信認を強化するため機動的に財政政策を実施」との声明文が合意されたが、これも前回上海G20の文言が踏襲された。世界経済の状況を踏まえれば、財政政策による成長刺激は望ましい一方、個別事情を踏まえて各国の判断に依存するということだ。日本の場合、消費税率引上げの先送りを含む財政政策は安倍政権の判断次第になる。

G20で共有された世界経済の低成長という問題意識を共有する、クルーグマン、スティグリッツなど米国の一流経済学者は、日本の消費増税が時期尚早との意見を示した(3月28日コラム参照)。そして、ルー米財務長官はG20後の記者会見で、「日本は経済の衰退に陥らないよう、将来の増税時期をどう進めるか慎重になる必要がある」と発言した。

脱デフレの道半ばで低成長である状況を踏まえ、標準的な経済学が共有されている米国の当局者や経済学者にとって、自然なアドバイスである。安倍政権が、標準的な経済学の教えと米国からのアドバイスに従い、政策判断を行うことはアベノミクス継続の大前提になるだろう。

ルー財務長官の発言のうち、日本のメディアが重視し報じるべきなのは、先に紹介した「市場は無秩序にはなっていない」との言葉の断片を曲解した市場関係者のポジショントークではなく、日本の立場に沿った真剣なアドバイスではないだろうか。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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