哲学に「人生の救い」を求めるのは、筋違いだ

宗教家やカウンセラーとまったく違う理由

ずいぶんもったいない話ですが、その理由を探って行くと(すべて想像ですが)、その中のかなりの人々、先の分類で「私の非哲学的著作を読んで来た」人々は、ただ私という人間がどんな男か見るために来たという「確信犯」てす。それにしても、70歳近くの爺さんを見るために6000円+交通費を払って来るとは、「うれしい」どころか「心苦しい」限りです。

そして、そのグループの残りの人々は(これも想像ですが)、「哲学」というものが自分の考えていたものとは大幅に違っていて、来なくなるのではないか、と思っています。講義は、人を惹きつけるために(?)「哲学と人生」としておりますが、テーマは、「死」とか「時間」とか「存在」とか「悪」とかであって、いわゆる人生論ではありません。

むしろ、普通の人生論とは真逆であって「幸福を(第一に)求めるのではない」生き方、「何の報いも期待せずに、真実を真実ゆえに学ぶ」ことを提唱するのですから、がっかりするのもわからないこともない。

なぜ「カネを返せ」とならない?

彼らは、引きこもりから抜け出そうと意図して、あるいは、いまの仕事上・人間関係上の苦境から脱出しようとして必死の思いでやって来たのに、あるいは、この貧しく希望のない生き方を変える何らかのヒントでも得られると期待して来たのに……何も得られそうにない、と失望して去って行ったのでしょう。

それなら、なぜ、「カネを返せ!」という大暴動が起こらないのか? これも(わずかな経験に基づく)想像ですが、彼らのほとんどはとても謙虚なので、もしかしたらこれが哲学なのかもしれない、自分は哲学に的外れなことを望んでいたのかもしれない、と悟って、納得するのではないか、と思います。

とはいえ、この「A」で、私は世を離脱した絵空事を論じているわけではなく、ひたすら自分の個人的な感受性(世界の見え方)に基づいて、比較的入りやすい私の哲学的著作をテキストにしながら、「私は死なないかもしれない」とか「未来、あるいは過去はないかもしれない」とか、「客観的世界は壊せるかもしれない」とか「善悪の基準はないかもしれない」といった、普通の人が考えないことを真剣に論じています。

ちなみに、テキストとして扱った著作は、『「死」を哲学する』『悪について』『明るいニヒリズム』『真理のための闘争』『後悔と自責の哲学』『「私」の秘密』。そしていまは『差別感情の哲学』を読んでいます。

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