松下幸之助は叱られる側の心情も考えていた

心の重さ、気まずさは叱った側も感じている

しかし、のちに私が経営責任者という立場に立ったとき、気がついたことがあった。それは、叱った後の気まずさや心の重さは部下だけが持つもの、感じるものではないということである。

私も部下を叱ることがある。感情的にならないように心がけつつ自分なりに一生懸命に叱る。この部下のため、この部下の成長を願えばこそと思いながら叱る。

しかし、厳しく叱った後、「すみませんでした」と頭を下げてその部下が私の部屋を出たとたんに、思わず激し過ぎたのではなかったか、叱り過ぎたのではないかと心が重くなる。気まずさが胸をよぎる。

彼は、私の言うことを正しく理解してくれただろうか。わかってくれただろうか。「よくわかりました、申し訳ありませんでした」と言っていたが、ほんとうにうまく伝えられたのだろうか。

叱ることが好きだという人はまずいないだろう。叱った後は虚しさがいっぱいで、砂を噛むような気持ちになる。ときには夜、床に入り横になってもなお昼間の光景が浮かんでくる。きちんと理解して成長してくれればいいのだが。

そう思っているときに、翌日にでも部下が訪ねてきて「昨日は申し訳ありませんでした、これから気をつけます」と言ってくれるならば、正直、ほっとする。そうか、やはりわかってくれていたのか、理解してくれていたのか。よかった。いや、それだけではない。この部下はなかなか優秀な人なのだと思えてくる。

私も言い過ぎたかもしれないと心の中で呟きながら、「わかってくれたか。わかってくれたらそれでいい。あまり気にしなくていいよ」と言っていた。気がつけば、松下と同じ言葉を使っているのである。

あのときの松下も、今の私と同じように厳しく叱った後には気まずさ、心の重さを感じていたのかもしれないと思いだしながら。

叱った後のフォローの仕方もうまかった

おそらく松下も、同じような心の重さを感じていたのである。というのも、松下の「叱り方のうまさ」には定評があったが、あまり知られていないこととして叱り方そのものだけではなく、叱った後のフォローの仕方もうまかったからである。

叱責されたその夜、松下から私の自宅に電話がかかってくることもよくあった。話に特別の用件はなかった。昼間、あるいはさっきまで厳しく注意をしていたことを改めて言いだすということもなかった。

「わし、今、テレビを見とったんやけどな……」。そういう調子でまったく別の話題が出てくることが常であった。私のほうが注意されたことを気にして、「まことに申し訳ありませんでした」とお詫びしても、「わかればいい。体に気をつけて頑張るんやで」と、励ましてくれた。幾度も叱られ幾度も電話をもらったが、私はそのたびに感激を心の中で味わうのが常であった。

 

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