明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎 矢内賢二著 ~生きた「現代演劇」だった明治の歌舞伎

明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎 矢内賢二著 ~生きた「現代演劇」だった明治の歌舞伎

評者 映画監督 仲倉重郎

 明治の歌舞伎は、興行のたびに書下ろしの新作が上演されたという。歌舞伎は「伝統芸能」を守るものではなく、生きた「現代演劇」であった。歌舞伎は、今のワイドショー的な情報であり見せ物の親玉でもあった。

実際に起こった事件や流行を材にとったものを「キワモノ」という。「明治」という新時代にふさわしい「キワモノ」がもてはやされた。それを嬉々(きき)として演じ続けたのが、五代目尾上菊五郎である。

菊五郎は、1844(天保15)年に生まれ、68(明治元)年8月、24歳で五代目を襲名。後に團菊として歌舞伎を支えた一方の雄だが、「素走ッこい人悦ばせの菊五郎」「日本一の器用役者」と評判をとった。

文明開化の象徴として、欧米の見世物が次々にやってきたが、景気のよさそうなものは何でも舞台にあげた。1886年、チャリネ率いる大サーカス団がきた時は、河竹黙阿弥に注文して舞踊劇に仕立てて、“象使い”など三役を演じた。

1891年10月、風船(気球)乗りのスペンサーがきた時、大群衆の中にしきりに写生している男がいた。菊五郎である。それは翌年1月、『風船乗評判高閣(ふうせんのりうわさのたかどの)』となり、スペンサーに扮した菊五郎は宙を飛んだ。

菊五郎は「本物そっくり」にこだわった。進行中の現実をいかに高精度に舞台で再現するかに執心した。高橋お伝を演じた時は、裁判所に通って取材したという。1890年代から1900年代は、「写実」への欲望が舞台にも客席にも充満している時代だった。

菊五郎は、どんな人物でも演じられるように肉体を鍛えていたという。実際に菊五郎が飛んだのは歌舞伎座の舞台の上に過ぎなかったが、心は世界を飛び、時代を飛んでいた。菊五郎の身体は世界を映す鏡でもあった。

やない・けんじ
日本芸術文化振興会(国立劇場)勤務。専門は日本芸能史、文化資源学。1970年徳島生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。

白水社 2625円 253ページ

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