電通の苦闘--プライド捨て小口営業で地べた這う《広告サバイバル》
もっとも、好調な出足を見せる公共政策キャンペーン事業だが、内容的には大企業のマス広告をターゲットとする点で、従来の電通のビジネスの延長といえる。だが電通では、よりドラスチックに「自己否定」するような取り組みが、大企業の集積する東京から遠く離れた極北の地で始まっている。北海道である。
帯広空港から北へ約70キロメートル。十勝平野の北に位置する有限会社十勝しんむら牧場。従業員わずか14名のこの牧場で、驚嘆と歓喜の声が上がった。あの電通が自分たちの商品開発とブランディングを手掛けてくれるというのだ。実際に担うのは、電通の地域子会社、電通北海道である。
しんむら牧場のような中小企業は、これまでの電通なら取引対象になりえなかった。しかし、大企業のマス広告が収縮する中、座して待てば、「死」を意味するのみ。特に「大企業が少なく経済的閉塞感が強い北海道では、悠長なことは言っていられない。どんどん仕掛けていく」と、電通のグループ経営推進局の曽我浩二プロジェクト・マネージャーは言う。
それを具現化させたのが、今春始動させた「北海道スタープロジェクト」だ。アリカデザイン(札幌市)など地元のクリエーティブ会社と共同で北海道の特産品の開発支援を行い、明日のメジャー企業を育てる。その第1弾が、しんむら牧場である。
最近は、生キャラメルや牛乳プリンなど北海道スイーツは全国的な人気。しんむら牧場が目をつけたのもこれである。すでに「ミルクジャム」を地元百貨店やネットで売り出しているが、電通北海道と組んで新たなスイーツのネット販売を開始する(今秋予定)。「スイーツのブランディングやネーミング、デザインやパッケージも電通北海道がやる。地元のクリエーターを積極的に使いたい」と、曽我氏は力を込める。
北海道の取り組みが電通らしからぬのは、クライアントが中小企業であることにとどまらない。報酬制度も従来の枠組みと違う。北海道スタープロジェクトでは、商品開発やブランディングなどの立ち上げ資金はすべて電通北海道持ち。担当した商品が売れた時点で売り上げをシェアする成功報酬型だ。しんむら牧場で開発中のスイーツ商品も年商1億円程度がとりあえずの目標とみられ、1回の受注で数千万円以上のカネが動くテレビや新聞の広告とは比べるべくもない。それでも電通北海道の背中を押すのは危機感だ。
実は北海道スタープロジェクトを立ち上げたのは、電通北海道の30歳代の中堅社員だ。地元テレビ局を担当しながら兼務で北海道中を走り回り、現在はしんむら牧場に続く育成先の発掘も進めている。同様の事業は、地域発の色合いが濃く、電通九州も新型インフルエンザ対策用の「ダチョウ抗体マスク」を展開するベンチャー、クロシード社にコンサルティング業務を実施している。
電通社内には伝統的に「ビロー・ザ・ライン」という言葉がある。横線を引いて、上が広告市場、下が販促市場。1件数千万円以上であるマス広告に対して、販促は1件数十万円から。とてもではないが、高給取りの電通マンはビロー・ザ・ライン(販促市場)は相手にしなかった。
しかし、ここでも電通は変身しつつある。企業は広告の費用対効果に疑問を呈しつつ、他方で直接売り上げに結び付くネット・店頭の販促へと予算をシフトさせている。当然、指をくわえて見ているわけにはいかない。なし崩し的に電通の営業マンはビロー・ザ・ラインを取りにいき、今やチラシ受注で印刷会社と競合するなど、地べたをはうような営業が定着している。