迷走する地方分権改革、霞が関も自治体も抵抗、主役不在の不毛な戦い
その後、小泉政権下の「三位一体改革」では、所得税と住民税の制度見直しによる地方への税源移譲が行われたが、内容は中途半端に終わっている。三位一体改革では、地方自治体の財源を構成する(1)補助金、(2)地方交付税、(3)地方税の三つを同時に見直すことが狙いだった。使途が制限される補助金と、国税の一定割合を原資に地方の財源不足を穴埋めする交付税を減らし、それとの見合いで自主財源である地方税を増やそうとしたが、補助金だけで4兆円を削減する一方、税源移譲は3兆円にとどまった。また、地方交付税も削減され、配分方法など問題点の見直しは行われなかった。
07年からは現在の分権委員会がスタート。90年代の第1次分権で踏み込めなかった税源移譲など核心の議論が期待されたものの、3次勧告を前に迷走が続いている。
今や、霞が関主導の画一的な行政システムが限界に来ていることは明らかである。だからこそ地方分権が叫ばれているが、本格的な議論が始まってから15年以上経過しても、遅々として進まないのが現状だ。
権限や財源を渡したくない霞が関が抵抗するのは当然だ。国会議員も、地元からの陳情を霞が関に取り次ぐことが重要な仕事になっており、地方分権を本音では望んでいない。さらに地方自治体も、地方分権に困惑している。「三位一体改革のとき、移譲された税源より補助金と交付税を大きく削られた経験から、地方分権は財政悪化につながると思い込んでしまった自治体が多い」(神野直彦・関西学院大学教授)。
つまり、推進役が不在なのだ。これでは議論は進まない。いったい誰のための地方分権なのか、推進役としての主役をはっきりさせなければいけない。
主役は地域の住民
地方分権で主役になるのは、最もメリットを受ける地域の住民のはずである。地方自治体には、住民が望む行政サービスを独自の判断で提供できるように、権限と財源を持たせるべきだろう。それには、国からの縛りが多く実質的に地方を支配している補助金を減らす一方、税源移譲で地方税を拡充させる必要がある。地方交付税も、国が“恣意的”に配分するのではなく、自治体が配分決定に主体的に参加できる仕組みにしていけばいい。