貧困の現場 東海林智著 ~畏るべきフットワークの「最後の労働記者」
厚生労働相の諮問機関、労働政策審議会が日雇い派遣の原則禁止を軸とする労働者派遣法改正の建議をまとめた。改正案の提出時期は総選挙も絡み流動的だが、制定以来、緩和の一途をたどった派遣法が初めて規制へと舵を切ることになる。
著者は毎日新聞の厚労省担当記者。同紙一面を飾る多くのスクープを放ってきたが、著者の本領は、省庁詰めの間を縫っての、地をはうような現場取材にこそある。非正規雇用、不当解雇、過労うつ労災、定時制の就職事情……、本書はそんな著者がめぐり歩いた数々の現場のルポルタージュで、現代日本の貧困を浮かび上がらせている。
派遣労働者が無差別大量殺人を行った秋葉原事件後、著者は旧知の派遣労働者に連絡を取る。喫茶店で無言で向かい合うこと10分、彼は重い口を開いた。「僕は彼のように人は殺さない。殺してもいけないと思う。でも、彼の破滅へ向かった気持ちは想像できる。僕の場合は、その気持ちは自分を殺す方向へひたすら向かうでしょうね。こんな僕が怖いですか」。彼の絶望を知っている著者は涙ながらに一言。「他人も自分も殺してほしくない」。著者の涙に彼も涙し、「あの事件の話をするのは、あまり気が進まない」と言っていた彼から、結局3時間、本音を聞き出した。こうした低い目線と当事者の境遇への感情移入が本書のスタンスであり、だからこそ当事者たちの本音をあます所なく引き出すことに成功している。
たまった涙は怒りに変わる。審議会で「過労死は自己管理の問題」と言い放った使用者側委員の発言に、取材メモの文字は怒りに震え、生活保護申請者を窓口で追い返す職員にその場で強く抗議する……。著者が関係者の間で「最後の労働記者」と尊称されるゆえんである。
とうかいりん・さとし
毎日新聞記者。1964年生まれ。88年法政大学法学部卒、毎日新聞入社。社会部、『サンデー毎日』、横浜支局デスクなどを経て、現在社会部で厚生労働省担当。労働行政、労働組合などを主に取材。貧困問題を幅広く取材する。
毎日新聞社 1575円 217ページ
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