京都で「見過ごされた町」が人気化するワケ

若者や外国人は過去の歴史を気にしない

鉄道敷設以前の崇仁は、京都の中心部から離れた町外れであり、川沿いでもあり、そこにあまり使われない土地があっても問題はなかった。だが、現在は京都の玄関口のすぐ隣。そこに空白地帯があることは町全体の有効な土地利用の観点からしてどうなのか、という見方もあった。

長年、成功してこなかった凹んだ地域の底上げを大学移転で逆転させたいという思いもあるだろう。海外でもイギリスのキングスクロス駅北側の操車場エリア、ロンドン東部のホクストンスクエア、パリ北駅裏の巨大葬儀場跡地など荒廃した地域の再生に芸術系大学、アーティストなどが寄与した例は多く、芸術には地域を変える力がある。京都市立芸術大学の移転は大学にとって、京都市にとって単なる移転というだけでなく、地域を変えようとする新しいチャレンジなのである。

大学が完成するまでをつなぐ屋台街

だが、2023年に予定される大学供用開始までにはまだ時間がある。2016年2月に公表されたスケジュールによると2017年から2019年までが設計期間、その後に既存建物を解体、工事が始まる予定で、2018年からでもあと5年ある。その間、当該エリアを空白のままとするのは、過去の歴史を除けば一等地であるだけにいかにももったいない。また、空白期間の後に突如大学が完成しても地域と大学のつながりを醸成することは難しい。

2018年2月に生まれた「崇仁新町」(筆者撮影)

そこで京都市が考えたのは、この地域にこれまで来ることのなかった若者や観光客が集まり、芸大生が関わった施設を造ること。模索の結果、2018年2月に生まれたのが「崇仁新町」と名付けられた屋台街である。

立地するのは移転予定地の最も京都駅に近い角地の約1000㎡。近くにある高倉跨線橋の通称から「たかばし」とも呼ばれる一角で、通り沿いには行列の絶えないラーメン店や、お好み焼き屋などがあり、それ以前には闇市もあったという場所だ。屋台街という、京都には珍しい造りはその歴史にちなんだものである。

企画の立ち上がりから完成まで半年という脅威的なスピードだったため、店舗は移動も可能なコンテナが利用されており、屋根はカーポート用、手すりなどは工事現場で利用する単管パイプとコスト重視の造りとなっている。そこに並ぶのは1丁目から4丁目までの計16店。コンテナの前は飲食スペースとなっており、奥には芸大生が絵を描いた舞台や、たき火のできるイベントスペースなども作られている。

出店しているのは地元の若手飲食店主たち。このエリアの賑わい創出を手がける一般社団法人渉成楽市洛座で事務局長を務めるwalksの小久保寧氏が一軒ずつ回って口説いて来た。大地の芸術祭(新潟)のテントサイトやイベント運営、沖縄のホテル経営や、映像制作など幅広い仕事を手掛けてきた小久保氏だが、飲食は初めて。それどころか、関西で仕事すること自体も初めてで、それもあって出店者選考では苦労をした。

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