ヤバい社会学 一日だけのギャング・リーダー スディール・ヴェンカテッシュ 著/望月 衛 訳~米国シカゴの貧民層の肉厚な物語が横溢
このところビルとかジョージといった典型的なアメリカ人のファーストネームの影が薄くなっている。オバマ大統領のファーストネームはバラクだが、20年くらい前ならリチャードといったアングロサクソン風の名前でなければ立候補することさえむずかしかったに違いない。これは男性の場合だが、女性も似たり寄ったりだ。
イタリア語をもじったコンドリーザ・ライスという前国務長官のファーストネームなど、他ではあまり聞くことがない。ウーピー・ゴールドバーグやオプラ・ウィンフリーといった大物黒人女性は、メアリーとかベティといった名前をつけようとはしない。
本書の著者スディール・ヴェンカテッシュの名前も相当変わっている。インド生まれで、少年の頃カリフォルニアに移住したのだという。
この非アメリカ人的名前の社会学者はしかし、シカゴのロバート・テイラーという名の、極めてアメリカ的な貧民用巨大団地に巣食って怪しげなシノギに明け暮れる人々の内側に見事入り込む。
かつて売春宿を仕切っていた老婆や、現役ばりばりのドラッグの売人、小店主を脅してみかじめ料をたかる下っ端や、そうしたチンピラを束ねるギャングなど、さまざまな人生を怖いもの知らずで掘り起こし、生々しく描写してみせる。
登場人物の名前や身元の多くは変え、場所もどこだかわからないようにしたり、仮名にした組織もあるようだ。ただし、人も場所も組織も架空の事例はないという。
本書は、アメリカの貧民窟、犯罪社会ものだが、そもそも日本でもベストセラーになった『ヤバい経済学』の著者が同書で紹介したことで、この本は日の目を見ることになった。たしかに通り一遍のレポートなどではない肉厚な物語が横溢(おういつ)し、ほとんど映画のシーンのように話は展開する。
実際すでに映画化の話が進行中というのもうなずけるし、翻訳が読みやすいこともありがたい。
それにしても、フォーストネームの多様化は、アメリカ社会を束ねていたものが緩んできていることの象徴ではないだろうか。
ビル(ゲイツ)、ウォーレン(バフェット)、ジャック(ウェルチ)といった名前を行儀よく持つ人々と、シャキール(オニール、NBAプレイヤー)といったアラビア風の名前、あるいはセルゲイ(ブリン、グーグル創業者)といったロシア風の名前などにこだわる人々が交じり合うアメリカは、これからまた激変の季節を迎える予感がある。
東洋経済新報社 2310円 402ページ
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Sudhir Venkatesh
米国コロンビア大学教授。専門は社会学とアフリカ系アメリカ人研究。現在は、フランスとアメリカの都市部貧困層の比較研究を行っている。
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