日本の天才数学者、谷山豊が得た奇跡の着想 「数学の大統一」に日本人が大貢献していた
さて、今回の講義では、「志村・谷山・ヴェイユ予想」という予想に貢献した日本の数学者について、フレンケルは感動的に語っている。
そう、夭折した日本の数学者、谷山豊が登場するのだ。谷山は、この予想を1955年に日光で行なわれた数論の国際学会の最中に着想しながら、その三年後に自殺してしまう。志村が谷山のアイデアを発展させきちんとした形にし、ヴェイユがそれを広めたのだ。
人間の洞察と閃きの深遠さ
フレンケルは、「志村・谷山・ヴェイユ予想」を奇跡と表現し、「コンピュータがどんな複雑な演算をこなすようになっても、人間の洞察と閃きの深遠さにはかなわない」。その驚きの瞬間がこの予想にはあると語った。
そして、「数学者は人間なのだ」とフレンケルは強調するのだ。親友である谷山の早すぎた死を深く悲しむ志村五郎の言葉を引きながら、「数学者は人間なのだ」と。
フレンケルはそう学生に語りかけながら、一瞬絶句する。そんなフレンケルの様子を見ながら、わたしは今から15年ほど前に、志村先生と直接お会いした時のことを思い出していた。
サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』の翻訳をしていたときのこと、プリンストンの志村先生と少しメールでやりとりをし、さらに集中講義のために京都大学にいらした際には直接お会いする機会を得たのだった。
今から述べるのは、そのとき(本題を離れて、完全にオフレコ気分の雑談のとき)に出た話題である。そんな会話をこのような場に書いてよいものか少し悩んだが、書いてはいけないと考える積極的理由もないように思うので、書くことにする(志村先生、お許しを!)。
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