「じつはあの本の影響があるんです」どん底で研究をやめようとしていた山中伸弥に成功法則を気づかせた一冊
アメリカから帰国後は、取り組んでいたES細胞の研究が医学にどれだけ貢献できるのかと不安になり、うつ病に苦しんだ時期もあった。この時点でヒトのES細胞の培養には誰も成功していなかったことを思うと、まさに暗中模索。先が見えずにこんな思いに駆られたという。
「もう研究をやめて、手術が下手でも整形外科医に戻ったほうがましなんじゃないか」
山中はもともと整形外科医をめざしていたが、どうにも手先が不器用だった。手術が上手な人ならば20分で終わる手術を、山中は1時間もかかってしまい、指導医だけではなく、看護師、さらには、患者さんからも呆れられてしまう始末。研修期間中に、山中が指導医から名前で呼ばれることはなく、こんな言葉を浴びせられた。
「お前はほんまに邪魔や。ジャマナカや」
山中は28歳にして基礎医学へと進路を変更することとなった。実は湯川もまた同じような経験をしており、のちにこんなふうに振り返っている。
「小さいころから、私は器用な方ではなかった。図画や、体操や、手工は、どちらかといえば不得手だった。手先が器用だったら、三高や京大の在学中に、物理の実験をもっとうまく行ったろう。実験が器用に出来れば、私は理論物理学に進まずに、実験物理学に進んだかもしれない」
周囲よりも不器用だったがゆえに、未開拓のジャンルへと突き進むことになった2人。
孤独な時期を読書で乗り越えた点でも、共通しているが、そのジャンルはずいぶんと異なる。
湯川は中国の古典『荘子』からアイデアを得たが、山中がヒントを得たのは、意外にも自己啓発書だった。経営ビジネスコンサルタントのデイル・ドーテンが著した『仕事は楽しいかね?』である。
『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著)
「『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著)という本からすごく影響を受けましたね。人生がうまくいかない普通のビジネスマンが、起業家として成功して大金持ちになった老人から、仕事を楽しむ方法や人生の成功法則を学んでいく話です」
山中がインタビューでそんなふうに紹介する『仕事は楽しいかね?』では、35歳の「私」が大雪で閉鎖された空港で、1人の老人と出会う。



















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