誰も知らない、盛り上がらない大会になる可能性も…?ミス青山「ミス・ミスターの称号やめます」変化が示すミスコンの変容

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

その象徴的な例が上智大学だ。同大は20年、大学ミスコン界でもトップクラスの知名度を誇った「ミス上智」を廃止。男女の区別をなくした「ソフィアンズコンテスト」へと舵を切った。

するとどうなったか。ソフィアンズコンテストは初年度こそ新しさ、物珍しさで注目されたが、以降は世間的な露出は明らかに減少した。HPを見ていると「画一的な価値観をとりはらった」コンテストを志向しているようだが、そうなってくると審査基準が漠然としすぎてしまう。もはや何を競っているのか、見ている側はわからなくなってしまったのだ。

「風当たりはあるが一定の注目もされる大会」から、「なんの風当たりもないが注目もされない大会」へ……。かつては数多くのアナウンサーを輩出し、マスメディアがこぞって取り上げた「ミス上智」ブランドは、名称変更とともに消滅したと言っても過言ではない。

今回の青山ミスコンは、「現時点ではミス・ミスターという枠組みについては引き続き使用していく」としており、男女別のコンテスト形式は維持している。その点においてはまだ救いようがあるが、将来的に上智のような「男女混成コンテスト」へ移行する可能性も否定できない。

大学ミスコンが生き残るために必要なこと

では、大学ミスコンには本当に未来がないのか。「ミス・ミスター」の名前を除外して、自分たちのブランド価値を下げることでしか生き残る未来はないのか。私はそうは思わない。

例えば、ルックスで優劣がつくという意味では、アイドルはミスコンに近しいプラットフォームと言える。では、アイドルがミスコンのようになくなっていくのかと言われれば、そんなことはないだろう。むしろ、アイドルは年々その活躍の場を広げている。なぜなら、アイドルは「個性(多様性)」に、ルックスとしての「かわいい」をミックスさせることで、観客の「推したい」「応援したい」という感情に訴えかけているからだ。

つまり、アイドルが「かわいい」と「多様性」を両立できているのだ。であるならば、ミスコンもいかようにでもやりようはあるはずなのだ。

ミス青山コンテスト2024出場者(写真:筆者提供)

というか、実際に近年の大学ミスコンでは、候補者のルックスだけでグランプリが決まらない仕組みになっていたり、グランプリを決めるファイナルイベントではスピーチや自己PRといった候補者の内面を見せる時間が設けられたりしている。世間の認識とは異なり、現代のミスコンは「ルックスの良し悪し」だけで順位が決まるほど、単純な大会ではないのだ。

もちろん、「ミス・ミスターコンテスト」という枠組みで開催している以上、それらの変化があっても、多様性・ルッキズム観点からの批判は避けられないだろう。

しかし、出場者が「多様性」を受け入れ、「ルッキズム」とは別軸で競っていることも世の中に知れ渡れば、「ミスコン=ルッキズムの権化」というイメージも払拭し、大学ミスコンにも光が見えてくるかもしれない。

ワダハルキ ライター・カメラマン

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

わだ・はるき / Haruki Wada

大阪のフリーライター・カメラマン。卓球好きが高じて大阪府立大学在学中に卓球メディア「Rallys」でライター活動をスタート(自身の卓球歴は15年)。現在は卓球以外にも大学ミス・ミスターコンの取材も精力的に行う。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事