「刑務所に閉じ込めておけ」の声に疑問…前代未聞の凶悪犯罪《女子高校生コンクリート詰め殺人事件》加害少年の"その後"を追い続けてきたワケ
──刑務所での服役作業は、主犯格の更生に寄与しなかったということでしょうか。
これまで複数の刑務所を取材してきましたが、受刑者が自らの事件と深く向き合う時間や機会が十分にあるとは感じませんでした。それを手助けする体制も乏しい印象です。
日本の刑務所では、少数の刑務官が多くの受刑者を管理しているため、厳格なルールで行動を制限し、私語も許されません。違反すれば懲罰房に収容され、結果的に刑期が延びることもある。受刑者は内面と向き合う余裕もないまま、ひたすら刑務作業に従事し、刑期を迎えて出所する。
仮出所者には一定の生活支援がありますが、満期出所者にはほとんどありません。少年事件の場合、事件の時点で家族関係が崩壊しているケースも多く、それが修復されないまま社会に戻ることも少なくない。そうなると、結局は元の木阿弥になってしまうのです。
実際、元少年Bは母親との関係に問題を抱え、出所後もその状況は変わりませんでした。
取材を通じて触れた、罪を犯した人が悪戦苦闘する姿
──4人のうち、主犯のAを除く3人とは直接会って話をしています。なかでも準主犯格のBについては、出所後の2004年に知人を監禁・暴行した疑いで再び逮捕されたことをきっかけに、母親や義兄にも接触し、その人物像を浮かび上がらせていました。
彼と直接会ったのは、2004年に再犯で東京拘置所に勾留されていたときの一度きりですが、強い猜疑心を抱き、人を容易に信用しない印象でした。何を考えているのかわからない部分もありました。
背景には、長期間の獄中生活による拘禁反応や妄想的傾向があったのではないかと思います。家族との関係、暴力団とのつながり、さまざまな重荷に耐え切れなかった末の死だったのではないかと感じました。
彼の人生の責任は彼自身にあります。ただ一方で、そこに至る道筋の一部には、社会や周囲の大人たちの関わりもあったのではないかという思いもあります。事件前から、窃盗や女性の拉致、強姦などの行為を繰り返していて、暴力が常態化していた。もしかしたら周囲の大人の振る舞いを見て学び、感覚が麻痺していた可能性も否定できません。
──Bが2022年に孤独死したことを2025年1月に報じた際、ネット上では死を悼む声はほとんどなく、加害者が日常生活を送っていたことへの怒りが多く見られました。「加害者の死を知ったところで、何の慰めにもならない」という意見もありました。それでも、彼の人生を伝える意義はあったと思いますか。
取材とは、人のプライバシーに深く踏み込む行為です。それでも報じるのは、そこにある問題を社会と共有し、より良い方向へ進むための材料になると信じているからです。加害者に対して「許せない」というネガティブな印象を持つのは、自然なことだと思います。ただ、「死んで当然」「一生刑務所に閉じ込めておけばいい」と思考停止してしまうことには疑問があります。
死刑判決や無期懲役でない限り、一生刑務所に閉じ込めておくのは不可能で、加害者はいずれ社会に戻ってきます。そのとき再び罪を犯せば、最も深く傷つくのは、前の事件の被害者や遺族です。取材を通じて、罪を犯した人がより善く生きようと悪戦苦闘することは、被害者の痛みを和らげる一因になり得ると知りました。

















