「京浜東北線ってどこなん?」→「もう離れたくない」…京浜東北線に住んで15年、今では「さいたま市を心からオススメ」する46歳男が語る沿線の魅力
「決め手は、与野に義理の姉が住んでいたことですね。私はどこでもよかったんです。でも私の実家は奈良、妻の実家は愛媛でどちらも遠い。子どもができた時のことを考えると、なにかあった時に頼れる親戚が近くにいたほうがいいよねって。私の身内はこっちに誰もいませんから」
さらに、妻自身がこのエリアになじみがあった。転勤族の家庭に育ち、小学6年生から大学時代まで北浦和に住んでいたのだ。お隣の浦和駅に近い浦和第一女子高校の出身で、今も高校時代の友人たちと交流がある。妻に土地勘があり、頼れる人も多い。その安心感は大きく、ほぼ即決に近いかたちで与野への移住を決めた。
子どもの友人関係と学区を考慮して住まいを2回微調整
与野で暮らしはじめて4年近く経った頃、勢田さんは駅の西口から東口に移っている。きっかけとなったのは、お風呂の問題だった。
「最初に借りたのは、2LDKで家賃8万6000円のアパート。しばらくは夫婦2人のつもりだったので、お風呂の追い焚き機能を重視していませんでした。共働きで帰りも遅いし、時間を合わせて入ればいいよねって。
ところが入籍して間もない時期に妊娠が判明して、状況が変わったんです。子どもが生まれても、私の帰宅時間は遅いまま。毎回お湯を溜め直すのも大変だったので、アパートの契約更新のタイミングで引っ越しました」
14年8月、1回目の引っ越しをした。同じ駅の西口から東口へ、反対側への移動だ。同じ駅にこだわったのは、長女が通っている保育園を変えたくなかったから。結果的に自宅から保育園までは遠くなったが、なにより優先したのは追い焚き機能付きの部屋に移ることだった。
2回目は18年1月、長女が小学校に入学する直前のこと。同じ東口エリア内で引っ越した。理由は、保育園の友達と同じ小学校に通わせるためだ。
「当時の学区だと、同じ保育園から同じ小学校に上がる子がひとりもいなかったんですよ。長女はかなり引っ込み思案な性格なので、仲の良い子と一緒の学校に通わさせてあげたくて」


















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