「生徒を殴り、説得する教師」→「一緒に悩み、伴走する教師」へ…ドラマで描かれる"理想の教師像"はなぜここまで変わったのか
シーズン1の第20話では、女性教師への叶わぬ恋に敗れ落ち込む沢村正治(田原俊彦)を励ますために、金八先生は沢村の家に行き、2人で夜ご飯を作る。一見友達かのように思えるが、前述した発言を踏まえると、上下関係があるからこその行動だったとも考えられる。
これと比較すると御上先生などの現代の教師と生徒の関係性は「上下」から「前後」にシフトしているのも明らかだ。
「正解がないけれど頑張らなくてはならない」
「不安はつきないけど何か行動しなくてはならない」
選択に迫られる日々を生徒たちが生き抜くためには、御上先生や白鳥先生のような伴走してくれる教師が必要なのだろう。
時代によって理想の教師像も変わっていく
成長神話の崩壊や大きな物語の喪失により、教師が正解を教えることができなくなった。
金八先生のように「正解を語る教師」は、時代の要請によって生まれた存在だった。一方で御上先生は、正解がもはや失われた時代において、それでも教育を成立させようとする教師像だ。
御上先生が示したのは、教師が「上から目線で誘導する存在」から、「励ましながら少し前を歩く存在」へと役割を変えた時代のリアルだろう。時代によって、理想の教師像も変わっていくのだ。
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