「生徒を殴り、説得する教師」→「一緒に悩み、伴走する教師」へ…ドラマで描かれる"理想の教師像"はなぜここまで変わったのか
かつて理想の教師像だった金八先生が社会問題を引き起こす原因となっていたこと、そして現代の教育現場では金八先生のような「熱血」や「説得」は機能しないことを提起している。
では、現代の教師である御上先生はどのように振る舞っていたのだろうか? 後編では、現代を色濃く反映した本作から、ドラマで描かれる教師像の変遷について考えていきたい。
御上先生の教師像~傾聴し、一緒に考え続ける~
御上孝は文部科学省から派遣された官僚教師だ。全国有数の進学校である隣徳学院3年の担任教師として生徒の問題に向き合う。
たとえば、生徒が話し合いをしたいと教室で発言すると「確かにそうだね。話そうか」と提案を受け入れて生徒同士の話し合いの時間を設けたり、生徒からの質問に対してはすぐに解を提示せずに「考えてみようか」と思考を促したりするといった具合だ。説得(+平手打ち)で生徒を導いていた、金八先生とは対照的な姿だ。
この姿勢は第1話から最終話まで一貫していた。最終話の言葉が特に印象的だ。
正解がない時代だからこそ、自分にとってのベストやベターを考え続けることが大事なんだということを御上先生は訴え続けていた。
生徒と教師が「解を求める」「解を提示する」という上下関係で成立していない点も現代的だ。


















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