「延命治療を拒否した母」「自宅で意識がなくなっていき…」 それでも"最期の3日間"が笑顔だったワケ
67歳で肝臓がんと診断された節子さん。延命治療は拒否し、8年が過ぎた頃、体に異変が現れます(写真:nonpii/PIXTA)
老いや病気に体をむしばまれても、人が死を迎えるときの「一番幸せな形」とは何か?
これまでに2000人以上を看取った在宅緩和ケア医の萬田緑平氏の患者は、治療をやめて最期まで自宅で自分らしく生きることを選んだ人たち。やがて迎える看取りは、涙にくれる悲劇ではなく、「ありがとう」という感謝の言葉がふさわしいハッピーエンドだと言います。
いかにして治療を離れる不安や心の痛みを払拭し、痛みをコントロールしながら死へと向かう体の変化を受け入れて、幸せに亡くなっていったのか。
「延命治療」を拒否し、8年来、がんを患いながら生きてきた丸山節子さん(享年75歳)の「最期の1カ月間」を、萬田氏が振り返ります。本稿は、萬田氏の新刊『自宅で迎える本当に幸せな最期のとき』より一部抜粋で紹介します。
(全4回の3回目/最初から読む)
自宅で過ごす「最後の3日間」
節子さんの呼吸状態は日を追って悪化していく。酸素の量を1日ごとに増やしてとうとう5Lになった。それでもトイレには一人で歩いていく。全精力を使ってトイレに行き、ベッドに戻ると眠ってしまう。それを繰り返していた。
靖人さん夫婦も僕たちも「本当は家にいたいの」と言ってもらいたいのだが、節子さんからは「入院したいです」「入院することになっていますから」という言葉しか出てこなくなってしまった。
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