依存は、判断力の低下を促します。自分以外の何かが決定してくれるなら、自ら考えるという機会が減り、あーでもないこーでもないといういわゆる試行錯誤を繰り返すことが少なくなります。すると必然的に使わない機能が弱ってしまいます。
いやそんなことはない、自分自身が問いかけを行い、その答えを鵜呑みにするわけではなく参考程度にしているだけだと気軽に考えているかもしれません。
しかし、一定のアルゴリズムで、答えが偏ることは十分に考えられます。
例えば、「ひざ痛」と一度でも検索すれば、自分の端末には、膝に効くサプリやサポーター整骨院などの情報があふれかえります。些細なことでも、そのようなフィルターバブルが起こるのです。それが思考や価値観だったらどうでしょう。偏った思考に気づかずに邁進してしまう可能性は高くなります。
AIへの過信が引き起こす「信頼関係の崩壊」「孤立」
マーク・トウェイン著の『人間とは何か(What Is Man?)』は、私の学生時代からのバイブルでもあるのですが、この本のメッセージは、AI時代の今こそ強い意味を持つと感じます。書籍のメッセージを元にすると、
結果として、AIなしでは決断できない状態に陥ることになれば、使っている機能に使われている現実が見えてきます。
そして、「AIが言っているから正しい」「あなたの意見よりAIのほうが信頼できる」
こうした態度は、周囲の尊厳を傷つけ、関係悪化を招くことになるでしょう。上司に相談しないでAIにアドバイスを求めれば、じわじわと対人コミュニケーション能力の低下や職場の信頼関係の崩壊を引き起こすことにもなりかねません。
こうした傾向は、長期的には、対人関係のストレス耐性を下げ、孤立感を深めるリスクとなります。
AIを「使う側」でい続けるためには、あえて不確実さの中で考え、迷い、選ぶという行為を手放さないことが、これからの時代にますます重要になっていくのだと思います。心身共に健全でいるために求められるのは、「曖昧さに耐える力」なのかもしれません。
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