こうした傾向は雑誌メディアにも顕著に現れている。『東京ウォーカー』(KADOKAWA)などの変遷を辿ると、かつて中目黒は代官山や恵比寿の“ついで”として紹介される存在に過ぎなかった。
変化が起きたのは、インターネットの普及とともに街の魅力が「食」へとシフトしていった00年代以降である。有名人も通う「美食の街」として注目を集め、08年の「住みたい街ランキング」では3位にランクイン。
当時の人気の決め手は「都心への近さと高級感」だった。代官山ほど気取らず、恵比寿ほど都会過ぎない「ちょうどいい抜け感のある街」として、独立したムック本(『中目黒Walker』)を勝ち取るまでになったのだ。
また、目黒川周辺にはLDHをはじめとする大手芸能事務所やアパレルブランドのオフィスが集積している。こうした「クリエイティブ職」の人々が、オフの生活者として街に溶け込む姿は、SNSや雑誌を通じて「手の届きそうな憧れ」として拡散されていった。
目黒川の桜も、そのシンボルといえるだろう。確かに美しい風景ではあるが、本質的には「観光地としての美しさ」に近いものだ。隅田川の桜が「風情」と語られる一方で、目黒川の桜が「おしゃれ」と表現されがちなのは、長年積み重ねられてきた「ナカメ」というイメージの投影によるものともいえる。
私たちは目黒川そのものを見ているのではなく、「目黒川の周囲で、どんな消費行動が許されているか」が、おしゃれの基準になっているのかもしれない。
再開発で生まれた新たな中目黒のシンボル
しかし、メディアだけがイメージを作ってきたわけではない。10年代以降、都市空間としての物理的条件が劇的に変化したことも、現在の「ナカメ」を形作る大きな要因となっている。


















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