ちなみに1853年にペリー艦隊が日本に到来したのも、この文脈に沿ったものである。われわれは、「アジアは東半球に属するから、旧大陸の一部であろう」と考えがちである。だが彼らの価値観から言えば、太平洋の向こう側はフロンティアであり、新大陸の延長なのである。黒船来航は、モンロー宣言の延長線上にあったのだ。
20世紀初頭には、ベネズエラが対外債務をデフォルトする。これに対して、欧州列強が海上封鎖して対抗した。このとき、セオドア・ルーズベルト大統領は、新大陸への介入を許すまじと、軍事介入も辞せずと迫った。有名な「こん棒外交」(大きな棒を持って静かに話せ)である。これをモンロー主義の”Roosevelt Corollary”(ルーズベルト系論)と呼ぶ。
アメリカは「変わった」のではなく、先祖返りをしている
今回の「トランプ・コロラリー」はその衣鉢を継ぐものであり、同じくべネズエラが舞台となっている。ただし「トランプ系論」というよりは、やはり「ドンロー主義」(ドナルドのモンロー主義)のほうがしっくりくる。いや、実際に棍棒を振り回したことから言えば、「鈍狼主義」とか「貪狼宣言」と表記する方が相応しいのではないか。
モンロー大統領時代の19世紀とは打って変わって、21世紀の「ドンロー主義」には米軍という無敵のパワーが備わっている。そして国際法は歯止めにはならない。こうなると、トランプ大統領の岩盤支持層「MAGA派」の孤立主義に期待するくらいしかなさそうだ。ドンロー主義は、パンドラの箱を開けてしまったのではないだろうか?
こんな風に振り返ってみると、今回のベネズエラ侵攻はいかにもトランプ大統領ならではの「無茶ぶり」に思えるが、実はアメリカの歴史的伝統に沿った「系論」のひとつに位置づけられるのではないか。「アメリカは変わってしまった」のではなく、おそらくは先祖返りをしているのであろう。
19世紀の荒々しいアメリカ史のDNAを、トランプ大統領も受け継いでいる。たぶん、私淑するウィリアム・マッキンリー大統領(任期は1897~1901)の時代を理想としているのであろう。今は「時代錯誤」に思えるけれども、実はそちらのほうが新しい時代を先取りしているのかもしれない。
はてさて、そんな時代をわれわれはいかに生き抜いていけばいいのか。あるいは日米関係はいかにあるべきなのか。その話はまた次回に続けたい(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。


















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