《ミドルのための実践的戦略思考》「規模の経済」で読み解く食品容器メーカーの資材調達担当課長・伊藤の悩み

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■解説:伊藤さんはどうすべきか?

さて、それでは伊藤課長は何を理解違いしていたのでしょうか。

まず、「大きいこと=規模の経済が効く」というレベルでの理解に留まっていた、ということがあげられます。上述のとおり、単純に、大きければ規模が効くという訳ではありません。それを正しく理解するためにも、LP社のコスト構造を正しく把握しておく必要があります。つまり、伊藤課長が規模の経済を語るのであれば、以下のステップで考えを進めていくべきでした。

1つ目の「コストダウンの意味合い」に答えるためには、LP社の戦い方の方向性を理解しておく必要があります。例えば特注品や他では作れないようなユニークな商品性で勝負していくのか、商品だけでなくトータルのサービスで勝つのか。それともコスト優位性で勝負していくのか。その点を理解しない限りにおいては、コストダウンの意味合いは語ることができません。

2つ目の「コスト構造の理解」に答えるためには、自社の財務諸表をちゃんと理解していなくてはなりません。また、財務諸表1年分だけでは、急な広告の出費など様々な不確定要素があるために正しい判断はできないでしょう。競合も含めて複数年のデータから大体のコスト構造を理解しておき、予め業界としてのコスト構造の仮説を持っておくことが求められます。

3点目の「規模の経済の検証」については、固定費と変動費を分けることが必要になってくるのですが、果たして何が自社における固定費であり、何が変動費なのか、ということは実はすぐに分かるものではありません。企業が変われば同じ費目でも固定費ではなく変動費として認識する場合もあり、その点を正しく見極めることも必要になります。

そして、最後の「規模の経済の範囲の確認」。どの範囲か、ということを理解することも実は難易度が高いです。今回のケースであれば、どの距離まではコストメリットが物流費でバランスするのか、ということも考えなくてはなりませんし、生産を増やしてもキャパシティを超えないのか、その生産は平準化できるのか、という生産面のところも押さえなくてはならないでしょう。はたまた、拡大をしたときの組織体制が追いつくのか、といった視点も必要になってきます。

■ミドルリーダーへの示唆

以上、伊藤課長が考えるべきポイントをまとめてきましたが、そこでもお気づきの通り、「規模の経済」ということを正しく語るためには、一担当者レベルの視点で業務を見ていては追いつきません。まさに「マネジメント」の視点が求められるわけであり、こういうところを自分の言葉で語れるか、というところに「担当者」と「ミドル」の分水嶺が出来るのだと思います。

よく経営を学習したての人は、今回の規模の経済も含めて、聞きかじった経営用語を乱用する傾向にありますが、重要なのはその言葉を知っているかではありません。その裏側にあるメカニズムをどれだけ把握しているか、であり、そしてそれを自社に落とし込んだ時にどれくらい具体的なファクトで語れるか、ということに尽きます。

また、こういった規模の経済などの経済原理をベースに自社の業界構造を理解できていないと、安易な「ベスト・プラクティスの罠」にはまりやすくなります。

最近でよく聞くベスト・プラクティスとしては、アップルやサムスンなどが代表例と言えるでしょう。その中には、もちろんすぐにそのまま参考になる手法や考え方はありますが、多くは自社の業界構造や企業のコスト構造に照らし合わせて解釈しない限りにおいては効果を発揮しません。それは、何もそういった有名企業のみならず、社内の他部署の安易なベスト・プラクティスの横展開なども同じことです。取り扱っている商材が異なれば、固定費や変動費の割合も異なりますし、そうなれば規模の効き方も変わります。それに伴い、自ずとあるべきマネジメント手法や営業担当者の動き方も細部のところでは変わってくるのです。

しかし、その大原則が分かっていない人は、安易にベスト・プラクティスに飛びついて鵜呑みにしてしまいます。ご存じの通り、そういった表面的な成功事例が通用するほど世の中は甘くはないのです。1点目とも通じることですが、表面的な言葉や流行に流されることなく、地に足のついた原理原則に基づいた言葉で語れることを意識してほしいと思います。そのためにも、「規模の経済」という言葉は、経営用語の中の基本中の基本でありながら、実務ではあまり意識されていないことでもあります。ミドルリーダーとしては、まずはこの言葉から自社を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

■参考文献:
『戦略の経済学』
『企業戦略論【中】事業戦略編』


《プロフィール》
荒木博行(あらき・ひろゆき)
慶応大学法学部卒業。スイスIMD BOTプログラム修了。住友商事(株)を経て、グロービスに入社。グロービスでは、企業向けのコンサルティング、及びマネジャーとして組織を統括する役目を担う。その後、グロービス経営研究所にて、講師のマネジメントや経営教育に関するコンテンツ作成を行う。現在は、グロービス経営大学院におけるカリキュラム全般の統括をするとともに、戦略ファカルティ・グループにおいて、経営戦略領域におけるリサーチやケース作成などを行う。講師としては、大学院や企業内研修において、経営戦略領域を中心に担当するとともに、クリティカル・ シンキング、ビジネス・ファシリテーションなどの思考系科目なども幅広く担当する。
Twitter:http://twitter.com/#!/hiroyuki_araki
Facebook:http://www.facebook.com/?ref=home#!/hiroyuki.araki



◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2012年5月29日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。

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