コロナ禍の「オフィス不要論」は明確な間違いだった…東京都心「オフィス空室率1%切り」が示す現代ホワイトワーカーの"悲しい実情"

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いずれにしても、混雑率が150%を超えている路線が都心部では複数あるわけだ。「通勤地獄」が戻ってきているといえそうである。

昔に比べると徐々に混雑率は緩和されているし、オフピーク通勤の推奨など、さまざまな策が練られてはいる。しかし、生活実感からすればまだまだ通勤は「地獄」だろう。

通勤のしんどさについては、言うまでもない。電車から吐き出される人の死んだ顔が、都市勤労者のリアルである。仕事場に着く頃には、なぜかへとへと。しかも、それが帰りもある。家に戻ったら家事や育児も残っているかもしれないのに、体力ゲージはゼロ。通勤時間による生産性の低下もさることながら、仕事以外の生活にまで通勤地獄は影響を与えていると思う。

その意味では、「オフィス空室率の減少」が突きつける問いは「出社は必要か?」というよりも、「この通勤コストを復活させてまで、出社は必要なのか?」ということではないか。

「オフィスは残る」ことを現実として考えていく

こう書くと、「じゃあ在宅に戻せばいい」と言いたくなる(そう思っている人が多いはずだ)。ただ、現実はそこまで単純でもない。通勤の損失が大きかろうと、企業としては対面のほうが生産性が上がると思っているだろうし、コロナ禍を経ても止まらなかった「出社」という流れを止めることはできない。

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オフィス空室率からわかるように、現実問題として、オフィスは残る(たぶん)。ただし、残すなら「なぜ集めるのか」「どこまで集めるのか」「混雑や時間の損をどう減らすのか」までセットで考えないと、ホワイトワーカーの「悲しい実情」だけが濃くなってしまう。

企業側は「なぜ出社するのか」を社員に説得的に言語化できているのか。むやみやたらな出社命令ではなく、出社の目的に見合う頻度になっているのか。そして、出社を求めるなら、通勤の負担を減らす設計まで一緒に行っているのか。こうしたことを考える必要がある。

できれば、「オフィス不要論は間違いだった」とか「出社回帰はクソ」といった言葉で議論を終わらせずに、その次を考えたい。出社が避けられないなら、せめて「マシな出社」にする。こう考えることが必要ではないか。

谷頭 和希 都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家

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たにがしら・かずき / Kazuki Tanigashira

都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。「東洋経済オンラインアワード2024」でMVPを受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。

X:@impro_gashira

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