三宅 私は『考察する若者たち』で、今の社会はアルゴリズムが見るべき情報を教えてくれる、欲望する主体が消えた世界だと書きました。どんな情報が欲しいのかも自分で選ぶ必要がない。つまり今は「自分らしさ」すらも求められない時代だということです。周りの空気を読んでキャラを演じる若者の姿は以前から指摘されてきたことですが、今ではその場その場に合わせてキャラが「最適化」しています。
一方、私が非常勤講師をしている芸術系の大学では、「自分の創りたいものがあるけどどうすればいいのか」と悩みを吐露する学生もいたりして、「最適化しすぎる自分」「報われることを求める自分」に息苦しさを感じている若者も案外多いように感じます。
「至れり尽くせり」に不満を持つ若者をどう変えるか
金間 よくわかります。僕は会社の内定式に行くことがあるのですが、式が終わって「はい解散」となったあと、3〜4割くらいでしょうか、すぐには帰らず「何かもの足りない」という顔をしている学生がいるんです。自己実現系の若者のように「飲みに行こうぜ」と大きな声では言わないんですが、彼らは新しい友達を作って帰りたいと思っている。三宅さんのご指摘通り、変わりたいと思う若者は結構いるのかもしれません。
三宅 変わりたくても変われない理由の一つは、周りの目ですよね。友達の目、同期の目。人の視線を気にしないモードに入らないといけない。ただ、そのモードへの切り換え方が皆わからない。
金間 『無敵化する若者たち』では、最終章で彼らを「自己実現予備軍」と名付け、今までとは違う景色を見られるようになってほしいと3つの提案を行っています。三宅さんの『考察する若者たち』も、最終章では最適化に抗うことを、あとがきではそのためにできることを提示しています。
三宅 私も「似ている」と思いました(笑)。
金間 訓練の機会を設けたり、大人が良き伴走者になったりしていくことで、自ら動く若者は増えていくのではないでしょうか。そこに僕は一筋の光明を見出したいと思います。
(構成:笹 幸恵)
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