絵画のモダニズムを考えるときに、象徴的な作品の1つにエドゥアール・マネの『草上の昼食』(1863年)があります。
この絵が発表されるやいなや、美術業界は騒然。当時のサロンから猛批判を浴びたのです。
マネ、マティス、そしてモンドリアンへの道
この絵が当時なぜ大スキャンダルになったのか。それは、神話や歴史上の場面としてではなく、同時代のパリの「現実の風俗」として、着衣の男性と裸の女性を描いたからです。
それまでの絵画のヒエラルキーでは、歴史画や神話画が上位にあり、そこでは、例えば女神やニンフなど、現実から切り離された存在として女性の裸体が自然に描き込まれていました。
そのことを逆手に取って、マネはここに現れた強烈な違和感を持って、「自分たちの生きる現代」を浮かび上がらせたと言えます。これは「自分たちの時代を描くんだ」というモダニズムの宣言でもありました。
そこから絵画は、「目の前の世界をリアルに再現する(写実)」という役割から徐々に離れていきます。
例えばアンリ・マティス。
彼は「フォーヴィズム(野獣派)」と呼ばれる動向を引っ張りましたが、これは、現実をそのまま描くのではなく、その見た目とは異なるけれども、感覚に訴えかけるような激しい色彩や線を使って描くものでした。
彼は「色や形は、何かを描写するための道具ではなく、それ自体が表現力を持っている」と考えたのです。写実の呪縛から、色と形を解放したわけです。
この方向性を極限まで突き詰めた画家のひとりが、ピート・モンドリアンです。
彼の有名な「コンポジション」シリーズをご存知でしょう。白・黒・グレーに加え、赤・青・黄の三原色のみを使い、垂直と水平の直線だけで構成された抽象絵画です。一見するとデザイン的なパターンのようですが、彼がいきなりこのスタイルに到達したわけではありません。
初期のモンドリアンは、木を描いたり、海の波を描いたりしていました。彼は自然の風景をスケッチしながら、「世界を構成する本質的な要素とは何か」を探求し続けました。
木の枝の複雑な広がりも、整理していけば垂直と水平の線に還元できるのではないか。波の動きもまた、線の交差として表現できるのではないか。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら