金を買うのは「世界への悲観」に賭けることだ/「有事の金」に隠された不都合な真実とは?

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金の輝きに人はいつも魅了されるが、投資商品としては特殊な性格を有している(写真:manoimage/PIXTA)

「金を買っておけばよかった」――そう後悔している人は少なくないだろう。国内の金小売価格(税込)は、2019年には1グラム5000円台だったが、24年に1万円の大台を突破。25年にはさらに上昇して、足元では2万5000円前後で推移している。

しかし、ここで冷静になってほしい。実はこの間、私たちが推奨する「全世界株式」や「S&P500」、あるいは「日経平均株価」も、同様に2倍前後に上昇しているのだ。

「金も株も、どちらも2倍になった」。結果は同じに見えるかもしれない。だが、その中身は天と地ほど違う。株式の上昇は、企業が新たなサービスを生み出し、利益を積み上げた「成長の証し」である。対して金の上昇は、単に「不安の総量」が増えたことの反映にすぎない。

ウクライナや中東の緊張、インフレへの不安、金融システムへの不信――金を買う理由は、いつの時代もそれらしく用意されている。「有事の金」という言葉には、私たちの不安に寄り添う響きがある。しかし、行動経済学とファイナンス理論の視点から考えると、金への投資は「堅実な資産形成」というよりも、かなり特殊な賭けであることが見えてくる。

金は「何も生まない」資産である

経済学の基本に立ち返ろう。株式や債券と、金の間には決定的な違いがある。それは価値の源泉である。

株式は、企業活動を通じて利益を生み、配当という形でキャッシュフローをもたらす。企業は従業員の労働と資本を組み合わせて財やサービスを生産し、付加価値を創出する。株主はその果実の一部を受け取る権利を持っている。債券は、将来の利子と元本返済が約束されている。これらはいずれも、将来生み出されるキャッシュフローを現在価値に割り引くことで理論価格を考えられる、「生産的な資産」である。

一方、金は何も生まない。1キログラムの金塊は、10年保管しても1キログラムのままである。利子も配当もなく、むしろ保管コストがかかることさえある。金の価格が上がるとすれば、それはただ1つ、「将来、誰かが今より高い値段で買ってくれる」という期待だけが根拠となる。

次ページその「不安」は、すでに価格に織り込まれている
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