日本の金融教育で教えてくれない「いちばん大切なこと」/商品や制度の説明に終始する現状、真に役立つのはシンプルで明確な「行動のルール」だ

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多くの人は住宅購入を「堅実な資産形成」と捉えているが、実態は借り入れを使った「レバレッジ投資」にほかならない。

具体例で考えてみよう。200万円の自己資金で1800万円の住宅ローンを借り、2000万円の住宅を購入したとする。

住宅価格が10%上昇して2200万円になれば、売却して200万円の利益が得られる。自己資金200万円に対して200万円の利益、つまり収益率は100%である。

住宅価格自体は10%しか上がっていないのに、借り入れという「テコ(レバレッジ)」を使ったおかげで収益が10倍に増幅されたのである。

しかし、レバレッジは逆方向にも働く。住宅価格が10%下落して1800万円になれば、売却してもローン返済で手元には何も残らない。自己資金200万円は完全に消え、損失率は100%である。住宅価格の下落幅はわずか10%でも、借り入れによって損失が10倍に増幅されてしまうのである。

近年、投資信託やETF(上場投資信託)にも「レバレッジ型商品」が登場している。「日経平均の2倍の値動きを目指す」「S&P500の3倍の値動きを目指す」といった商品である。

これらは明示的にリスクが高いことが示されているが、住宅ローンには同様の警告はない。しかし本質的には、どちらも「借り入れを使ってリスクを増幅させている」という点で同じ構造なのである。

住宅ローンを組む際には、それが「レバレッジ投資」であることを自覚し、価格下落時のリスクを織り込んだ判断が求められる。「夢のマイホーム」という情緒的な言葉に惑わされず、冷静にリスクとリターンを見極める力こそ、金融リテラシーの本質なのである。

「知識の提供」から「行動の変容」へ

本稿で述べてきた問題は、投資家だけのものではない。これから金融を学ぶ高校生、金融教育を担う教員や企業担当者、そして制度設計に関わる行政すべてに共通する課題である。

原理を示すことは「誘導」ではない。人が誤りやすい生き物であることを前提に、大怪我を防ぐためのガードレールを設置することこそ、誠実な金融教育のあるべき姿である。

iDeCoのような60歳まで引き出せない制度は、現在バイアスに負けて貯蓄を先延ばしにしてしまう私たちのための「コミットメント・デバイス」として機能する。このような行動経済学の知見を活用した仕組みづくりも、金融教育の重要な一部である。

金融リテラシーとは、単語を知っていることではない。「価格が動く理由」を理解し、「自分の弱さ」を自覚したうえで、迷わず「適切な行動」がとれる状態を指す。

株高と物価上昇という新たな経済環境の下、日本の金融教育にいま求められているのは、「知っているか」ではなく、「惑わされずに動けるか」を問うことである。

大竹 文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授

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おおたけ ふみお / Fumio Otake

1961年京都府生まれ。1983年京都大学経済学部卒業、1985年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。同年大阪大学経済学部助手、同社会経済研究所教授などを経て、2018年より大阪大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)。専門は労働経済学、行動経済学。2005年日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞、2006年エコノミスト賞(『日本の不平等』日本経済新聞社)、日本経済学会・石川賞、2008年日本学士院賞受賞。著書に『経済学的思考のセンス』『競争と公平感』『競争社会の歩き方』(いずれも中公新書)など。

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