──企業買収の壮絶な駆け引きを描いたあの『ハゲタカ』が歌舞伎ですか?
歌舞伎って、思うに現代で言うところの「ワイドショー」なんです。心中事件や殺人、ドロドロの恋愛沙汰、上司と部下の確執、嫉妬、お家騒動……。当時の下世話なゴシップを、下座音楽を使い、美しい着物で登場し、さまざまな様式美で包んで悲劇や喜劇、そして社会批判を繰り広げるエンターテインメントとしての芸術にまで一気に昇華させたのが歌舞伎です。
例えば『忠臣蔵』は吉良邸討ち入りの直後から上演されているんですけど、舞台は足利時代にしてある。そのままやると江戸幕府に怒られてしまうから、設定を移してエンタメにすることで社会批判している。
『ハゲタカ』を書いたのは、不良債権問題が社会を覆っている中で人が悲劇的にぼろぼろに破滅していく時代でした。そこにハゲタカ外資がやってきて、むしりとって最後は崖から突き落とした。こんな話をいわゆる社会派的な小説で書いたら絶対暗い物語になってしまう。
だから「平成の歌舞伎」にしようと思ったんです。登場人物には強烈なキャラクター性を持たせて、章や節終わりでは必ず「見得」を切るような決め台詞を吐かせる。いい人は1人もいない。出てくるのは「悪党」ばかり。主人公の鷲津だってダークヒーローです。
全員が自分の欲望や守るべきもののために罪を犯す。勧善懲悪ではなく、悪と悪がぶつかり合う美しさ。ぜんぶ歌舞伎仕立て。玉三郎に出会って、私が歌舞伎を見なければ、『ハゲタカ』は生まれませんでした。
「あなたは絶対に成功しないと思っていた」
──玉三郎さんは真山さんのそういう小説に期待していた?
作家デビューしたとき、すごく喜んでくれたんです。でも、「あなたは絶対に成功しないと思っていた」とすごいことを言われました(笑)。まっすぐすぎて融通がきかない、妥協しない。センスがあっても真面目すぎる人間は必ず破滅する。そういう人の行く末は不幸しかない、と。
彼はよく「マイナスカードの枚数」という表現を使います。人生におけるマイナス要素が多いか少ないか。彼から「あなたは私より枚数が多い」と言われました。でも高一で小説家になるぞと決めてデビューが41歳。26年間、やりたいことに向かって信じて続けてきた。「どれだけ嫌な思いをして、どれだけの負担を背負っても、それを受け入れて乗り越える人間がいちばん強い人、あなたはよく頑張ったね」と。


















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