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築80年弱でずっと現役!日本最古の団地が移住者向けの入居募集を開始。まだまだ使える団地のすごさを見てきた

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この耐火構造の建物を防火帯にするという発想自体は火災の多かったこの時期、国も含め広い地域で検討されている。実際52年には同年4月に発生した鳥取大火を受けて「耐火建築促進法」が生まれている。

これは道路沿いに耐火建築物を連続して建てていくことで延焼を防ごうというもので、静岡市では呉服町に当時建てられた横長、高さの揃った共同ビルがいくつか現存している。

それ以外にも横浜などあちこちの都市にはこのときに作られた「防火建築帯」が残されている。だが、静岡市ではそれよりも一足先に、足りなかった住宅を作ることで防火帯も作るという先進的な一石二鳥を実現していたというわけだ。

住みやすい工夫をして先進的な団地に

羽衣団地は住宅としても先進的だった。48型をベースにしているが、市が独自に付け加えた部分もあり、住みやすさへの工夫が凝らされていたのである。

たとえば地下には共同風呂が設置されているが、これはほかにない施設。階段を挟んで向かい合う2戸×4階分、8戸の人が4戸ずつ日替わりで利用した。

始めは薪(まき)で焚いていたため、地下の浴室の壁は煤(すす)だらけで黒くなっている。その後、灯油、ガスと燃料が変わり、79年には各戸の玄関を入ってすぐの場所に風呂が設置された。

地下にある共同浴場。当時のことなので当然、冷暖房はなく、風呂に入るのも大変だったことだろう(写真:筆者撮影)
初期は薪で焚いていたため、浴室内の壁は煤だらけ(写真:筆者撮影)

玄関の奥、トイレの前に洗面台があるのは他の団地と同じだが、静岡市の場合は大型のシンクとなっており、洗濯もできるようになっている。建てられた当初はまだ洗濯機は普及していない。室内で洗濯できるのは便利だったはずだ。

玄関を入った先にはトイレ、洗面所。手や顔を洗うだけでなく、洗濯ができるような大型のシンクが備えられていた。当時の様子が伝わるように洗濯板が置かれている(写真:筆者撮影)

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【希少で価値ある建物だと認識するようになったきっかけ】

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