M-1で「説明のいらない一言」が笑いになる時代 「恐ろしくて、ばかばかしい」分断を描く《ミッドサマー》監督新作の凄さ

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その状況を、最も極端なかたちで体現している一人が、主人公ジョーなのです。ジョーは、実は監督自身とは異なる価値観を持つ人物でもあります。「自分こそが真実を見ている」という感覚を抱き、制度や権威への不信を強め、極右的な言説とも重なる立場に置かれています。

それでも監督は、その思想を否定するのではなく、「ただ、理解しようとしたいのだ」と語っていました。それは、ジョーが特異な存在だからではありません。彼の考え方は、もはやアメリカ社会の周縁にあるものではなく、「半分」を占めているとも言える状況です。だからこそ、「主役に据える意味があるのだ」と監督は説明しています。

監督
アリ・アスター監督。分断や陰謀論をテーマにしながらも、断罪や風刺に寄らず、「理解しようとする距離」を保ち続ける(写真:©2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.)

ただ近づいてみる

分断を描く多くの作品が、どちらかの側を批評や風刺の対象にしがちな中で、本作は距離を保ち続けます。断罪でも擁護でもなく、ただ近づいてみる。その姿勢自体が、いまの社会では難しくなっている行為なのかもしれません。分断を嘆くだけではなく、なぜそこに至ったのかを直視する試み自体が、いまの時代には珍しいとも言えます。

アリ・アスター映画が不穏で、居心地が悪いのは、フィクションだからではありません。私たちがすでに、その世界の只中にいるからです。恐ろしく、滑稽で、どこにも着地しない現実。その感覚を、映画というジャンルを通して突きつけること。監督の新作は、娯楽であると同時に、現代社会への冷静な観察の記録でもあります。

長谷川 朋子 コラムニスト

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はせがわ ともこ / Tomoko Hasegawa

メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外のドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約10年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威ある「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、札幌市による行政支援プロジェクトのファシリテーターなども務める。著書は「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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