「おかしな男がヨットで立ち往生」 海に出ては溺れるアインシュタイン…地元住民に救助され続けた《天才物理学者》の"しくじり秘話"
アインシュタインの友人で学者のレオン・ワッターズは、あるときこんな思い出話をした。「(船上で)非常に面白い話をしていたのですが、思わず私はドイツ語で『危ない!』と怒鳴りました。別の船に追突しそうになったんです。アインシュタインは完璧な操舵で船の向きを変え、あとで私が危ないところだったなと言うと、笑って別の船に突進していきました。次から次へとね。肝を冷やしたのなんの。アインシュタインはいつも追突寸前に向きを変えては、いたずらっ子みたいにげらげら笑っていましたよ」
溺れるか、大統領と新兵器を開発するか
ティネフ号で暴走しているときも海にぷかぷか浮いて救助がくるのを待っているときも、アインシュタインは恥じるどころか大いに楽しんでいた。
そして、ライフガード役を押しつけられたカチョーグの人々は知らず知らず、自由世界の命運――というか、自由世界を救う浮き輪――をその手に握っていた。
老物理学者にとって、1939年の夏は不思議な夏だった。大西洋に落っこちていないときのアインシュタインは、休暇中もアメリカ合衆国大統領と直接連絡を取り、新型爆弾の開発について意見を交わしていた。
アインシュタインはアメリカで絶大な知名度を獲得し、「ひとり超大国」のような重要人物になっていた。
町を歩けば人に話しかけられるため、気の利いた偽装工作まで講じていた。39年にニューヨーカー紙が報じたところによれば、「アインシュタインはつたない英語で非常に謙虚に、『もうしわけありません! よくアインシュタイン博士にまちがえられるんですよ』と答えた」という。「すると彼に声をかけた人はすぐに退散した」。
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