東京・谷中銀座《夕焼けだんだん》の隣にマンション建設で「景観が変わる」との声も…ノスタルジーに酔う日本人が考えるべき"本質的な問題"
公式サイトにある「夕やけだんだんに寄り添う住まいへ」に対しては、「マンションが建ったら夕やけに寄り添えない」「マンションに住める人だけが夕やけを独占できるのか」といった声が続出した。
私も何度も現地に足を運んだことがあるが、確かにここにマンションが建つと、その景観はかなり変わるだろうなあ、とは思う。
景観が統一されない裏にある、日本の“制度的な問題”
ヨーロッパなどの街を見ると、そこにはかなりの統一感があり、いわゆる「美しい」街並みが広がっている。
では、今回の谷中の例もそうだが、なぜ日本ではヨーロッパのような統一した街並みが生まれないのだろうか。
その背景には、日本における土地所有に関する考え方がある。日本では伝統的に土地所有者の権利が強く、「街全体で景観を維持していこう」という意識は弱い。東京の街を空から見ると、高い建物と低い建物が混在していて、非常に統一感がない。それぞれの土地所有者が好きなように自身の建物を設計しているからだ。
一方、欧米などでは「土地は神から与えられたもの」という認識が強いために、公共性が強く意識されていて、土地所有者に対する規制が厳しい。そのため、市街地にしても比較的統一された街並みが生まれやすいのだ。また、観光地のような場所であれば、なおさらその規制は強くなる。
日本でも2005年に景観法が施行され、自治体が景観条例をつくるようになった。しかし、欧米並みに規制が機能している地域はまだ限られ、兵庫県の芦屋市など、例外的な存在にとどまる。
今回の「夕やけだんだん」騒動でも、「マンションの土地所有者の好きにすればいいんだから、他人が口を挟むべきではない」というコメントがある。突き放したようにも見える意見だが、これは一面では真理だ。その「土地所有者の権利の強さ」が日本の都市を、良くも悪くも変えてきた。



















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