万「あれは中学二年の夏休みのことですね。自宅から自転車で十五分ほどの人工水路沿いに、並木書店っていう本屋がありましてね、初老の親父が一人でやってる、まぁしょぼい本屋でしたね。店頭の平積台に、美味しんぼの新刊を見つけて、さっそくレジへ持っていきましたね。
今回はあのイカれた親父と息子のどんな対決が見られるのか、期待に胸を膨らませて自転車で帰路を辿りましたね。並木書店っていうくらいなんで、水路沿いには欅(けやき)並木がありましてね。
盛夏なもんですから、方々で油蝉(あぶらぜみ)がミンミン鳴いていて、青空の向こうでは入道雲がもくもくしていて、わたくしは開襟シャツにハーフパンツで、なんだか心地よい疲労を覚えながら、ペダルを漕いでいましたね。自転車の前カゴでは、並木書店の紙袋に入った漫画本がことこと揺れてましたね。
なんだかわたくしの心まで、ことこと揺れているような気がしましたね。あの書店は、わたくしがこどおじになるころに潰れてしまいましたね。今では無人のコインランドリーになってますね」
42「もしその美味しんぼをネットで買っていたならば、今のエピソードはなかったことになりますよね?」
万「なるほど、つまり42番さんは、書店では本と一緒に体験を得ていると言いたいんですね。図らずもわたくしが動機レポートのようなことを語ってしまいましたが、確かにネットでボタンをポチリではそこに付随する体験は何もありませんね」
弥「そうだ、ポチリで終了だ!」
万「分かりました。万次郎は大人なので、未だ少年である42番さんに歩み寄りましょう。とはいえ万引き成敗くらいなんで、レベルはDでいいですね?」
弥「だめだ、Sだ! この上級生グループは、全員ぶっ殺すべきだ!」
42「ちょ、ちょっと待ってください、万引きで殺害はさすがにやり過ぎです! せめて真ん中くらいの成敗レベルにしてください!」
42番の歩み寄り
万「ではこうしましょう。主犯と思われる速水君は成敗B、悪意を持って懲らしめる。取り巻き五人の少年は成敗D、上履きに画鋲を入れる。まぁ、客観的に見てこれくらいがちょうどいいんじゃないですかね?」
42「ありがとうございます! ぜひともそれでお願いします!」
万「ただし条件があります」
42「条件?」
万「わたくしは先ほど、42番さんに歩み寄りました。だから42番さんも、わたくしに歩み寄ってください。成敗Dは42番さん、あなた自身が執行してください」
42「僕が……?」


















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