目標達成を阻む1つ目の壁が、前述した国立大学法人運営費交付金が減少しているという事実だ。博士課程の拡充には、奨学金、リサーチ・アシスタント(RA)給与、進学前の生活支援、海外渡航費などに対する大規模な資金投入が不可欠。ところが、運営費交付金は04年度をピークに減少傾向が続いている。経済的支援が増えなければ、博士課程学生への入学者数2万人という目標は達成困難と考えざるをえない。
2つ目の壁が、任期付きポスト偏重の現状だ。博士課程修了者が安定した職を得られない限り、「博士課程=リスクの高い選択」という状況は改善されない。しかし、特任助教や特任研究員といった任期付きポストが多く、常勤教員ポストの新規採用は抑制されたまま。欧州では「雇用の安定性」を博士人材政策の中心に据えているが、日本は依然として任期付きポスト偏重である。
3つ目の壁は、企業における博士採用の少なさ。日本企業の博士採用率は欧米に比べて極めて低い。日本経済団体連合会(経団連)の2023年の調査によれば、回答企業の従業員のうち、博士号を取得している人の合計は約1.2万人で、全体の1%未満にとどまった。このように、MBAや修士卒の採用に比べても存在感が薄い。博士がいない組織では高度研究を担える人材を確保できず、産業の競争力に長期的な影響を及ぼす可能性がある。
4つ目の壁が、研究評価制度の問題だ。論文数偏重の評価や、短期的成果を求める科学研究費助成制度は、博士課程学生や若手研究者が大胆な研究に挑むインセンティブを弱めている。「挑戦的研究課題の採択件数を2倍」という政策目標は評価できるが、制度全体を改革しなければ効果は限定的だろう。
政策目標を実現するために必要な3つの転換
政府が掲げる目標を実現するには、次のような構造転換が必要だ。
1つ目が、経済的支援の抜本的拡充である。給付型奨学金の拡大、RA給与の月20万〜25万円程度への引き上げ、授業料減免の拡大。欧米では博士課程学生の多くが給与を受け取り、生活が安定している。日本もこうした状況に近づける必要がある。
2つ目が、任期なしポストの拡大だ。ポスドク(博士研究員)の任期付き雇用の比率を下げ、大学教員・研究機関・企業研究所での常勤ポストを増やす必要がある。アメリカのように企業が博士人材を積極採用する仕組みづくりも重要だ。
3つ目が、国際研究ネットワークの強化である。3万人の海外派遣を目標とするだけでなく、帰国後のポスト確保や国際共同研究の継続支援が求められる。
日本の博士課程入学者の減少は、国家の科学技術基盤そのものを揺るがす深刻な危機だ。博士課程に進学することが「人生のリスク」ではなく「挑戦と成長への合理的選択」となる社会をつくることは、科学立国としての日本再生の第一歩となる。
そのためには、若手研究者を支える構造的支援、博士人材を活用する産業政策、そして大学の研究基盤の強化という改革が不可欠である。今後5〜10年の対応が、日本の科学力と国家競争力の未来を左右することになるだろう。
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