「人気温泉地はなぜ《源泉枯渇》と誤解されたのか…?」→水位は回復していた?30年かけて守られた"名湯の真実"と湯守り人の静かな闘い
嬉野温泉では、温泉事業者の長年の経験をもとに「どれだけ汲み上げれば、地層に負担をかけないか」という感覚が共有されてきた。実際に汲み上げすぎて水位が著しく低下したことが過去にあり、その教訓を生かしてきた経緯がある。
ところが、新たに進出した宿泊施設に、その背景を十分に伝えることができぬまま運用が始まってしまった。設計段階で想定されたポンプの出力が他の施設よりも大きく、結果として一時的に源泉の水位が下がった。北川健太さんは静かに語る。
「新規参入の事業者にも、誰かが伝えなければ分かるはずがないんです。“ここまでのポンプ出力はしないよね”というのが暗黙の了解になっていました。書面上のルールがあったわけではなく、ずっと“人の感覚”でしか守れなかった世界なんです」
そうした“感覚”に頼らざるを得ない理由は、制度の側にある。
温泉法には、汲み上げる量や使用時間を細かく規制する条文がない。許可が必要なのは井戸を掘るときや、ポンプの設置や変更を行うときのみ。どれだけ汲み上げるか、どの時間帯に使うかは事業者の判断に委ねられている。「じゃあ、条文をつくればいいじゃないか」と思うが、そんな単純な話ではない。湯の量や圧力は季節や天候によって変化し、大型旅館と小規模宿では一日に必要な湯量もまったく異なる。一律の基準を法で定めて運用することは、現実的ではないのだ。
ライバル同士で「湯の使用量」を丸ごと共有する訳
それでも嬉野では、互いの事情を理解したうえで「どれくらい使っているか」を、源泉所有者会議にて競合となるホテルや旅館にも共有し、調整している。私のような外部の人間が汲み上げた量の数字だけを見ると、一見不公平に見える。しかし、公開されているからこそ、源泉を多く使えば使うほど責任も重くなる。各旅館の事情を理解しあう信頼関係によって、成り立っている仕組みだ。そこに新規参入の事業者をスムーズに迎え入れるのは、容易ではなかっただろう。現在では源泉事情の理解も進み、互いに良好な関係が築かれている。



















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