「巨額の政府債務」「失われた30年」と言われながら…日本がいまだに《世界で有数の裕福な国》であるワケ。今後の日本が"選ぶべき道"とは
高齢化が進む社会は、リスクを取って新しい事業に挑戦する起業家精神を失いがちです。日本の開業率は、他の先進国と比較して、著しく低い水準にとどまっています。
政府も、女性や高齢者の労働参加の促進や、外国人材の受け入れ拡大といった政策を推進しています。
しかし、これらの政策がもたらすのは、あくまで人口減少の「影響の緩和」であり、減少そのものを「反転」させることはできません。人口動態は、日本のあらゆる成長戦略に対して、強力な逆風として作用し続ける、避けることのできない前提条件なのです。
「豊かさ」と「衰退」の狭間で
ここまで分析してきたように、2025年の日本は、世界有数の「豊かさ」を誇りながら、国内では「衰退」が確実に進行するという、巨大な矛盾の中にいます。
その姿は、世界のハイテク産業に不可欠な素材や部品を供給する、強固な産業基盤を持つ一方で、未来の成長の源泉となるべき科学研究や大学の国際競争力が低下しているという、いくつものパラドックスによって特徴づけられます。
人口が減少し、経済全体の規模が縮小していく成熟国家にとって、もはやGDPの総額を追い求めることは、適切な成功の指標ではないのかもしれません。
日本の未来の成功は、高成長を続ける新興国と規模で競うことではなく、世界に先駆けて、成熟した社会のための、持続可能で質の高い、新たなモデルを構築することにあるのかもしれません。
そのためには、潤沢な対外資産や、アニメやゲーム、食といった世界を魅了する「ソフトパワー」、そして活況を呈するインバウンド観光といった、日本が持つ独自の強みを、国民一人ひとりの豊かさ(ウェルビーイング)の向上へと、戦略的に振り向ける発想の転換が求められます。
日本は、その莫大な富を、巨大な政府系ファンドのように運用し、世界の金融家として生きる道を選ぶのか。
あるいは、人口減少という強力な逆風に抗い、国内のイノベーションのエンジンを再点火するための抜本的な改革に挑むのか。
それとも、世界で初めて「豊かに成熟し、縮小していく国家」のモデルを完成させることを目指すのか。
いずれの道を選ぶにせよ、出発点は、自国が持つ比類なき強みと、避けることのできない限界を、冷静かつ客観的に認識することです。
過去の成功体験への郷愁を断ち切り、25年の現実を直視すること。新たな国家の針路を定めるための国民的な議論を始めることこそが、今、最も求められています。
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