以後、太一は積極的に仕事に取り組んだ。指示する人間がいないのだから、自分から能動的に動くしかない。すると太一の営業成績は向上し、月別業務成果も数か月ぶりに微増となった。
努力によって業績が向上したことにやりがいを感じ、太一はいっそう熱心に仕事へ打ち込んだ。他の職員は次第に太一に信頼を置くようになり、特に女子社員の対応はすこぶる良くなった。能登さんなどは、頼みもしないのにお茶を淹れてきたりする。
「いやはや、こんなに仕事のできる社員は水戸営業所にはおりませんよ、佐藤主任はこの営業所のエースですな」
江村所長は言う。実際そのころになると、太一は坂戸営業所のエースを担っていた。
「次期の昇進は確実ですね」
能登さんが、はにかんだような微笑みを浮かべて、デスクにお茶とルマンドを置く。太一がそのルマンドを頬ばっていると、能登さんが訊いてきた。
「佐藤主任って、映画って観ますか?」
「ん? たまに観るけど」
「あの、友達からもらった、映画館の無料券があるんですけど、あの、無理だったらぜんぜんいいんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」
太一はスケジュール帳をゆっくりと捲(めく)る。
「そうだな、週末の夜なら空いてるな」
「本当ですか!」
そんな思いもよらぬ能登さんからのデートの誘いにも、太一は動じることなく対応できる。背中に冷たい脂汗を滲ませて、常にびくびくしていた自分からは考えられない。
太一は思う。
やはり西野は、不要な人間だったのだ。
奴は何人もの人生を潰してきた
西野は営業成績の悪い俺を執拗に罵倒したが、俺の営業成績を悪くしていたのは西野自身なのだ。奴が俺から、俺の本当の能力を奪っていたのだ。俺の可能性を奪っていたのだ。
そして奴はこれまでも部下を下僕のように扱い、何人もの社員を潰してきた。何人もの人生を潰してきた。
やはり誰かが奴を抹殺して、日成台不動産・埼玉西地区の負の連鎖を止めなければならなかったのだ。
ある晩、太一は再び子供部屋同盟へアクセスした。万次郎氏に一言、礼を言いたかった。そしてあの同盟はいったいなんなのか、詳しく知りたかった。



















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