線路沿いの街路を歩き、踏切を渡り、さらにいくらか進み、前方に竹林が見えてくる。撮影者は、少しずつ西野との距離を詰めていく。
太一にはその映像が、とても現実には見えない。でも映像には営業所で毎日のように顔を合わせている西野が、確かに映っている。非現実の中に現実の西野が存在している。
黒い男は西野をどうするつもりなのだろう。例えば背後から、鈍器で西野を殴ったりするのだろうか。
一気に距離を詰めるタイソン二世
そこで太一は、黒い男の名前を思い出す。タイソン二世──。つまり彼は、ボクサーなのだ。ボクシングと空手、どちらが強いのかは分からない。でも夜闇でさながら暗殺のごとく背後から殴りかかったならば──。
太一の額には汗が滲(にじ)む。それは冷たい脂汗ではなく、熱を帯びた水のような汗だった。
西野は竹林沿いの街路を進んでいく。その辺りは街灯もなく、月明かりも届かない。映像も一瞬、暗闇に鎖(とざ)された。と、スイッチ音が響いて、画面は緑色の可視映像に切り替わった。暗視スコープだ。
そこでタイソン二世は一気に距離を詰めた。太一の心拍が速まる。拳を握り締めて、心の中で叫ぶ。
そうだ、やれ! これは俺の復讐であり、俺たちの復讐でもあるんだ! 俺の背後には、奴に人生を潰されてドロップアウトした名もなき社員が大勢いるんだ!
そうだ、やれ! 天誅だ!
俺たちの代わりに、奴に一矢報いてくれ!
暗闇からタイソン二世の太い右腕が、西野へと伸びていく。
しかしタイソン二世は、西野を殴らなかった。彼の右手には、筒状の黒い物体が握られている。太一が目を丸くしてその黒い物体を見つめると、
──プシュリ、プシュリ。
西野の首筋に、二本の鉄針が深々と突き刺さった。西野は物言わず前方へ倒れ、路上で四肢をびくびくと痙攣(けいれん)させ、やがてぴくりとも動かなくなった。
タイソン二世は西野を足蹴にして仰向けにする。西野は白目を剥(む)いて口から泡を吹いて失神していた。と、タイソン二世は西野の懐から何かを取り出し、西野の弛緩した指を使って何やら作業を始めた。作業はほんの数秒で終わった。そして首筋に刺さったままの二本の鉄針を片手で抜き取ると、
──しっ、しっ、しっ、しっこうしました。
「え?」
太一は思わず、画面に向かって聞き返した。



















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