特殊清掃を仕事にした元Jリーガー(30)の"覚悟"〈高校で日本一→年代別日本代表→J3〉で経験した光と影と"これから"のこと《前編》

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匂いや有害物質が漏れ出ないように、消毒が終わるまでは窓は開けられない。40℃近い暑さの中での作業に、全身から汗が吹き出し、白い防護服が汗でピッタリと体に貼り付く。

覚悟を決めてこの世界に飛び込んだが、わずか数分で「続けていけるかな」と自信を失った。

それでもなんとか作業を終え、遺族に報告をした。このとき、心に渦巻いていた霧が一気に晴れた。四国から来たという故人の姉と母親から、「何から何まで全部やってくれて、ご迷惑をおかけして申し訳ない。本当にありがとう」と涙を流して感謝されたのだ。

「ご遺族も頭が真っ白で何をしていいのかわからなかったと思うんです。でも荷物が片付くと、少し気持ちも落ち着いてくる。感謝の言葉をかけてもらって、『やっぱりこういう仕事は大事なんだな』とこの仕事の意味を理解しました」

サッカーで得る喜びとは違う、誰かの役に立っているというやりがいだった。「それからはどんなに匂いがきつくても、どんなに過酷な現場でも苦ではなくなりました。あの言葉がなければ、僕は続けていなかったかもしれません」。

孤独死や自死した人の自宅、事故・事件の現場の原状回復を行う特殊清掃の会社を経営する尾身さんは、サッカー年代別日本代表に選出された経験もある、元Jリーガーだ。なぜ華やかなピッチから、孤独死の現場へ足を踏み入れたのか。その理由を知りたくて、彼の仕事に密着した。

ゴミ屋敷化していた女性の自宅(写真:大澤誠撮影)

階段の下で亡くなっていた女性

2025年8月下旬。尾身さんは関東地方にある都市の閑静な住宅街にある2階建て一軒家の特殊清掃に入っていた。

1階はキッチンも含めて4部屋、2階は3部屋、どの部屋も床が見えないほどのものが散乱している。部屋に残されていた温度計が35℃を指す中、10人ほどの男性スタッフが淡々と荷物を仕分けし、大量の家具とゴミ袋を庭へと運び出していた。

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