「結局、第1志望には受からん人生なんや……」
裕也さんがボソリとつぶやくその言葉に智香さんの胸もかきむしられた。“そんなことはない”と言ってやりたい気持ちはあるものの、高専落ちの記憶がその言葉をかき消す。
「まだ明日の試験があるから、明日、受けるだけ受けてさ……」。大丈夫という言葉を使わずに励ます言葉を考えたが、これ以上の言葉が出てこなかった。
2日目、昨日と同じ道を通ってホテル近くの駅へと向かった。「いってらっしゃい」、そう見送った智香さんの足は、自然と近くにある熱田神宮に向いていた。
「神さま、どうか、どうか息子を受からせてください」
裕也さんの前では見せなかった涙が、智香さんの頬をつたった。
「発表待ち」で迎える卒業式
合格発表までの約2週間。その間に高校の卒業式も終わってしまう。合格発表の出ていない国立志望の学生達は「卒業」の言葉を聞いても「心ここにあらず」だ。
前期入試の結果が出るのは3月10日。これがだめなら、12日に行われる静岡大学後期入試のために、翌日には静岡へ向かわなくてはいけない。
「SNSなどで問題の答え合わせの情報が飛び交うんです。息子は見ないようにしようとしていたようでしたけれど、日が経つにつれてつい見ちゃうようでした」と智香さん。
「ここでこの問題が取れたら大丈夫かも」「いや、ここで落としてたらあかんか……」、裕也さんの気持ちは日々揺れた。
迎えた3月10日。合格発表は午後3時だ。この日、智香さんは仕事があった。裕也さんは合格発表を一人で見るのが心細かったのか、発表当日、友達10人とボウリング場にいた。ボウリングに興じて気を紛らわせたかったのかもしれない。
迎えた3時。友人らも一斉に、スマホで合格発表のサイトを探し、アクセスを試みてくれた。サイトがパンクしているのか、どのスマホもなかなかつながらない。
最初につながったのは、友人のスマホだった。「ログインできたぞ!番号いえ」と友人。裕也さんが伝えた番号を入力すると「合格」の文字が画面に現れた。
「合格や!」「やったな!」「スゲー!」10人の歓喜の声がボウリング場に響いた。
裕也さんは興奮気味に智香さんに電話で報告した。

高校入試から引きずった、頑張っても「どうせ第1志望には入れない」という思いは払拭された。
親は、転んだ息子を幼い頃のように、抱き上げてやることはできない。転んだ横で立ち上がるのを見守るしかない。そうするうちに、子どもは自分で立ち上がる術を見つけていく。
大学入試は親が子の手を離すための準備でもあることを、裕也さん親子は教えてくれた。

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