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歴史上最大の陰謀論が人類を自滅させることに気づかないわれわれ、 2025年の陰謀論の「本当の怖さ」はどこにあるのか

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  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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これらの従来の陰謀論とファンタジーの対比の議論は、まさに、この数年の、とりわけ日本における、21世紀の陰謀論、あるいはポストモダンならぬ「ポスト陰謀論の陰謀論」とも呼べる、現在急激に感染が進んでいる陰謀論ウイルスの特徴が、陰謀論とファンタジーが同化している点にある、という私の仮説とぴったりあう。

「曖昧な状態」を楽しむ人々

すなわち、ファンタジーを楽しむように、人々は陰謀論を楽しむ。それは虚構であるかもしれないし真実であるかもしれないが、あえてそこには踏み込まないことにより、曖昧な状態を楽しむ。嘘みたいな本当の話を聞いてしまった、という快楽に身をゆだねる。それが現実か、二次元の世界なのか、曖昧なままが楽しい。二次元だとうすうす気づきながらも、妄想の世界だと言ってしまっては夢から覚めてしまって野暮だし、現実だとわかってしまえば、興ざめだ。

いじめた相手が自殺してしまったときに、「なんだ、マジに受け止めんなよ、とシラケる」、というのが、残酷で無邪気な匿名集団によるいじめの場合の構造だ。それと同じなのだ。

ファクトチェックなど興ざめだし、ファクトチェックをしようという人々、そういう行為自体が、陰謀論ファンタジーへの冒涜であり、破壊であり、敵なのであり、もう1つの新しい陰謀論として捉えられるのである。反証可能か不可能かということは関係ないし、ファクトと無関係であればあるほど、自由なロジックを楽しめる。ファクトという制約がない方がよいのである。

ノンフィクションに見えるフィクションがいちばん楽しいのであり、ファクトという制約条件のないストーリーはわかりやすくも楽しくも、あるいは自分に都合のいいように利用できる。一方、それがフィクションと見えてしまっては、陰謀論という麻薬の効果による楽しい幻覚はすぐに覚めてしまい、台無しである。

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