東洋経済オンラインとは
キャリア・教育 #全人類の教養大全2

目の前にあるリンゴは、脳がつくり出した映像にすぎない。この世のすべてのものは、存在しているままに見られないという認知の不条理

4分で読める
2/3 PAGES
3/3 PAGES

たぶんコウモリは耳で聞いているけれど、頭のなかではカラフルなイメージとして「見て」いる。

あなたが目で見たリンゴとコウモリが耳で聞いたリンゴのうち、実際のリンゴにより近いのはどちらだろう?

当然、人間である僕たちが見ているリンゴだろうか? コウモリはどう思うかわからないよね。

「人間という種族は目で何かを見るんだって? 信じられない。どうやって生きているんだ?」って言うかもしれない。

世界は現象と物じたいの2つに分かれる

ここで最初の質問に戻ってみよう。

あなたの手の上に置かれたリンゴはどこにある? それから、手の上は、目の前の世界はどこにある? かしこい人の答えはこうだ。

「リンゴと世界は自分の頭のなかにある。僕は自分の頭のなかのイメージを見ている」

「見る」とは、外部の事物じたいを見るのではなく、自分の頭のなかで解析したなにかを見ることである。

イマヌエル・カントは世界を2つに分離した。自分の目の前にあらわれている世界を「現象」と言い、現象の向こう側の本当の世界を「物じたい」と言った。

カントによると、結局、僕たちが知ることができるのは現象だけで、事物の実体じたいを認識するのは絶対にできないのだそうだ。僕たちが見ているのは頭のなかで再構成されたイメージとしてのリンゴだけで、僕たちの外部に存在する実際のリンゴには決して届かない。

ここまで聞いたら、僕たちは外部の世界をあきらめて、自分の観念のなかに閉じこもっているようだ。僕たちはお互いに、ちがうそれぞれの現象世界に埋もれた主観的な存在。

コウモリと僕たちがまったくちがう世界を見ているのと同じように……。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

キャリア・教育

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象