下町ロケットに学ぶ「弱者が強者に勝つ方法」

町工場が夢を見たっていいじゃないか

佃航平が劇中で訴える言葉がある。

「町工場は夢を見てはいけないのか?」

誰もが夢をみる。しかし、多くの夢は、いつか潰えてしまう。植松さんに話を戻そう。1966年に北海道芦別市で生まれた植松さんは、幼い頃、祖父とアポロの月面着陸を見た。太くて大きな腕に抱きしめられ、ロケットに夢を馳せた。しかし、その夢は何度も壊されそうになった。小学校の先生も中学校の先生も、頭ごなしに植松少年の夢を叩いた。

夢は「思えばかなう」

「どうせ無理だ。そんな夢を見ても」

「東大に行かなくちゃ、ロケットなんて作れないぞ」

北海道の小さな町で生まれた夢は、消えそうになっていた。何度も。多くの大人がそうであるように、植松さんも夢を諦めそうになっていたが、母の言葉が救う。

「思えばかなう」

宇宙にあこがれる植松さんは、その言葉を信じた。大学では流体力学を学び、名古屋で航空機設計を手掛ける会社に入社する。そんな植松さんが、父親の興した植松電機に転身したのは1994年、28歳のときだ。

植松電機は1962年創業。もともとは炭坑用の特殊電動機や電気製品の販売修理を手がけていた。植松さんの入社当時は、地元の炭鉱が次々と閉山し、植松電機も仕事が目に見えて減少していた。経営はどん底だったが、植松さんは産業廃棄物からの除鉄、選鉄に使う電磁石(マグネット)の開発に成功。会社の危機を乗り越えた。

植松さんは2005年より北海道大学との共同研究で、カムイ(CAMUI)ロケットを開発する。カムイロケットとは、これまでの液体燃料または固形燃料を使うロケットとは異なり、固体と液体、両方の燃料を使うハイブリットタイプ。打ち上げ単価は従来の1/10以下に抑えられる。

その後、植松さんは人工衛星やカムイロケットの開発・打ち上げに成功。JAXA(宇宙航空研究開発機構)との共同実験なども実施する。現在、植松電機の主な『宇宙開発事業』は、「ロケットの開発」のほか、「無重力実験棟」「小型人工衛星の開発」「アメリカの宇宙開発民間会社との交流」など。これに世界が注目しているのだ。まさに「リアル下町ロケット」と呼んでも差し支えない。

だが、順風満帆だったワケではない。大会社から転じた先の町工場で待ち受けていたのは、現実の連続だった。最大の苦難は資金繰りだ。町工場の経営者は、原料の仕入れ代、光熱費、従業員の給料支払いなど、常におカネを工面していかなければならない。植松さんはこう振り返る。

「支払いが出来ず、子供のお年玉まで使わなければならなかった。心がたまらなくすさみ、とんでもないことが心によぎることもあった」

夢は、おカネに砕かれそうになった。町工場は大企業からの発注が生命線。それが切られたら月末の支払いが滞ってしまう。社員たちにも、給料が支払えない。一方、大企業は契約解消を振りかざしながら、容赦なしに町工場に仕入れ値の削減を強いる。町工場は、製造品のクオリティを保つために、極限までコストを削る。植松さんの体験は、常に大企業との攻防に頭を悩ませる佃航平と同じだ。

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