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ローマ教皇が死去、今月20日に米副大統領と面会

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1936年、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの労働者階級の家庭に生まれた。若くして肺の半分を摘出するなどの苦難を経て、イエズス会に入り、貧者と社会正義のための活動に身を投じた。

2013年の教皇選挙(コンクラーベ)の際には、選出される可能性は低いと見て、ローマには小さなスーツケース一つだけを携えて行ったという。

選んだ名前「フランシスコ」は、財産を捨てて貧者に尽くした13世紀のアッシジの聖人フランチェスコに由来し、「貧しく、貧しい人々のための教会」を目指すという信念の象徴だった。

新教皇に選ばれサンピエトロ大聖堂のバルコニーに建つフランシスコ(2013年3月13日)Photographer: Peter Macdiarmid/Getty Images

15年には米議会で、富の再分配によって貧困を克服するよう訴え、国連総会では富と権力を追い求める経済を非難。

晩年は健康状態の悪化が報じられたが、24年の復活祭では体調不良から回復してミサを執り行い、ガザやシリア、ミャンマーのイスラム集団ロヒンギャ、難民、そして人身売買の被害者への祈りを捧げた。

「武器と再軍備の論理に屈してはならない。平和は武器ではなく、差し出された手と開かれた心で築かれる」と語ったその姿は、最後まで平和と連帯を訴える指導者そのものだった。

著者:Alessandra Migliaccio

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