憧れだった女性には振られ、自暴自棄になることも……《朝ドラ あんぱん》モデルの「やなせたかし」 あまりにつらすぎた中学時代
ある夜、やなせは家から飛び出すと、あてもなく歩き始めて、気づけば線路にたどり着く。何を思ったのか、そのまま線路に横たわって目を閉じたというから、かなり精神的に追い詰められていたようだ。
電車の汽笛の音が響き、伝わってくる振動が大きくなると、やなせは我に返って、轢かれる前に線路の外へと転がり出たという。
積極的に「死にたい」という心境にまでは至ってなくても「もはやどうなっても構わない」、そんなやけっぱちな気持ちだったのだろう。
また別のときには、家出をして製材所の材木の間に隠れているうちに、大騒ぎになった。自分の名前を呼ぶ声がどんどん増えて、怖くなってなおさら出られなくなってしまう。
こっそりと夜中の3時に帰宅すると、やなせの姿を見た伯母は泣き崩れて、伯父はただ「よく帰ったな」というばかりで、それ以上は何も言わなかったという。
愛読書『少年倶楽部』に夢中になった
のちに「暗黒時代」と振り返った中学時代を、やなせがなんとか乗り越えられたのは、やはり「絵」だった。
伯父が読書家だったため、豊富な蔵書をやなせは思う存分楽しみながら、一方では、隆盛を極める雑誌文化に胸をときめかせた。一番の愛読書は『少年倶楽部』だ。心をわしづかみにされた経験をこう振り返っている。
「ぼくは絵が好きな少年だったから挿絵も夢中になってみました。挿絵の黄金時代でしたね。天才、鬼才がずらりと渾身の力作を競い合って壮観でしたね」
特に挿絵画家の伊藤彦造(いとう・ひこぞう)は自らも剣の師範だけあって、剣劇と殺陣を描く達人で、やなせはすっかり虜になってしまった。そのほか『正チャンの冒険』の作画家である樺島勝一(かばしま・かついち)や、武者絵を得意とした山口将吉郎(やまぐち・しょうきちろう)の挿絵にも、衝撃を受けている。
憧れの挿絵画家の活躍が、暗く沈みがちだったやなせの心に火を灯した。進路を決める時期が近づくと、こんな思いを強くする。
「絵に関係した学校に行きたい」
おぼろげでも人生の目標が定まれば、おのずと毎日に張りが出るというもの。やなせは、長く暗いトンネルから抜け出そうとしていた。
【参考文献】
やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)
やなせたかし『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』(PHP研究所)
やなせたかし『何のために生まれてきたの?』(PHP研究所)
梯 久美子『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』 (文春文庫)
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